台湾人に「早上好」と挨拶してはいけない理由

意図的に抹殺された台湾の基本挨拶表現

台湾人である私が日本で生活してもう十数年がたつ。この十数年間、私には中国語学習経験のある日本人と交流する機会が少なからずあった。その日本人の何人かは、中国語をかじったことがあって簡単な自己紹介ができたし、結構長く中国語を勉強した人、中国語の通訳案内士の資格(日本の国家資格)を持っている人もいた。しかし、私が出会ってきた中国語がわかる日本人の誰一人として、台湾の一般的な挨拶表現を知る人はいなかった。

十数年間、一度も出会ったことはない。それは確率的に見て、極めて異常である。
実は、日本で生活し始めたばかりのころから、中国語学習経験のある日本人の多くが台湾と中国との言葉の違いを知らないことに気づいていた。
だから、ブログを開設したときには、そこで台湾の一般的な挨拶表現を紹介したこともあった。
参考:台灣的一般問候語(あいさつ)
あれから十数年がたち、ネット情報も充実した。にもかかわらず、この状況は依然として変わっていない。やっぱり、日本で台湾の基本的な挨拶表現を知る日本人に出会ったことはない。

私が出会ってきた中国語学習経験のある日本人は、「早上好」(おはよう)、「晚上好」(こんばんは)という挨拶表現を知るのみだ。実は、「早上好」「晚上好」は、中国でしか使われていない挨拶のやり方である。台湾では使っていないし、香港でも使っていない。つまり、繁体字圏の人はこの種の挨拶のやり方はとらないのである。

■「早上好」と言われる気まずさ

日本が2005年に台湾向け短期ビザ免除の優遇政策を開始し、その後、多くの台湾人が日本旅行をしてきた。中国語学習経験のある日本人の中には、台湾人観光客に遭遇したら、自分が学んだ中国語の挨拶を使って好意を伝えたいと思う人もいるかもしれない。そして、「早上好」「晚上好」を、礼儀正しい歓迎表現として、台湾人がこれらの挨拶を聞くと喜んでもらえるだろうと思って言うのかもしれない。

実は、台湾人がこの種の挨拶を聞くと、戸惑い驚く。なぜなら、日本人は中国人のみを歓迎しているのであって、台湾人を歓迎していない、だから「中国でしか使われていない挨拶のやり方」を使っているのだと考えられなくもないからだ。きつい言い方をすれば、日本人は台湾を否定しているも同然の挨拶をしており、とても深刻な言語文化のタブーを侵しているのである。
日本人が韓国や北朝鮮の扱いの違いで不用意な言動をすれば、韓国人は猛烈に抗議をするかもしれない、だから、日本では韓国関係のタブーを非常に注意深く扱うはずである。その一方で、日本人が中華圏の事情について扱うときには、そのやり方は非常にいいかげんで、台湾人は往々にしてさげずまれる側だ。
台湾人がこの種の失礼に遭遇しても、恐らくその場面を気まずいものにさせたくないから、日本人に「台湾人に対してはこの挨拶はとても失礼だよ」とは言わないのである。泣き寝入りしかできない、だから、日本人は自分が深刻な言語のタブーを侵したとは全くわかっていないし、きっと死ぬまでわからないかもしれない。
結局、中国語学習経験がある日本人が台湾人に好意を伝えるため「早上好」「晩上好」を使うことによって、実際にはかえって台湾人を傷つけかねないのである。

類似の状況は文字資料においても起きている。日本にある観光サービスカウンターで台湾人観光客が観光パンフレットを求めるときにも、極めて無神経なことに、簡体字版の資料を渡されかねないのである。日本人は、あろうことか、台湾人が簡体字中国語の資料を見て喜ぶと思っているのである。
実際には、台湾人はそのとき、ああ、日本人は、簡体字圏の中国人だけを歓迎しているのであって、繁体字圏の台湾人を歓迎していないのだ、だから、簡体字版の資料を出してくるのだと思うのである。台湾人だけでなく、実は「純粋な」香港人が簡体字パンフレットを受け取るときにも似たような感覚を持つはずである。
台湾人と香港人がこの種の状況に遭遇するとき、その場面を気まずいものにさせたくないから、ずっと黙って我慢するのである。ここでできる抗議行動とは、簡体字のパンフレットを断り、日本語か英語のパンフレットを受け取ることもある。日本語や英語のパンフレットを持つのは、外国語で見なれなくてもその方がましだということであり、それほど簡体字を見たくないということである。
ここまで述べてきた中でも、台湾人が日本の「簡体字サービス」に反感を抱いていることが少しはわかってもらえるだろうか。このような話題は、台湾のネット掲示板で何回も議論されているものだ。

■今からでも台湾の基本挨拶を知ろう

外国語を学ぶ際には、その最初の段階で基本的な挨拶を学ぶ。ほとんどの外国語教材では、基本的な挨拶はその教材の最初にある。挨拶は非常に基本的な好意を伝える手段である。しかし、この十数年間、私が日本で遭遇する中国語学習経験のある日本人の中で、台湾の挨拶表現を知る人に会ったことは本当にない。
日本人のために、以下、台湾の基本的な挨拶のやり方を改めてまとめた。

〈台湾の挨拶方法〉
・朝の挨拶:早安。
・お昼、午後の挨拶:午安。
・夜の挨拶:晚安。
・時間を問わず使える挨拶:您好。

これらのうち、「早安」という挨拶は、割と深く台湾に根を張っている表現である。1979年、当時まだ台北市長であった李登輝が、「早安晨跑」という健康のために早朝にジョギングをするキャンペーンを推進している。また、台湾の「早安您好台視新聞」(おはよう台視ニュース)は1988年から続くニュース番組である。番組名の「早安您好」は、その後の台湾のサービス業における挨拶に影響を与えている。
これら「早安」、「午安」、「晚安」、「您好」は、台湾の挨拶の基本形である。カジュアル表現としては、朝は「早」、「早啊」、ほかの時間帯では「你好」という言い方もある。

以前、私が日本の東北地方のある自治体で台湾人観光客の受け入れの手伝いをしていたところ、日本人のバスガイドが朝の集合時間前に「早上好」を言う練習をしていた。バスガイドは自分の知っている中国語で台湾人観光客に歓迎を伝えたかったのかもしれない。
私はすぐに、そのバスガイドに、「早上好」は中国人にのみ使うのであって、くれぐれも台湾人に向かっては「早上好」と言わないでほしい、これはとても失礼になりかねないからと話した。
その際に私が提案した挨拶は「早」である。「早」は発音が短く、相手に愉快な気分を伝えられる。台湾では、早の散歩やハイキングで人とすれ違うときには互いに「早」という挨拶を交わす。「早」はとてもよく使われる挨拶表現である。
バスガイドは、お客さんを気楽にそして愉快な気分にさせる、かた苦しさは不要なのだから、「早」という挨拶が使える。
なお、ホテルのフロントや比較的厳かな場での接客であれば、挨拶のやり方も違ったものになる。

〈台湾の正式な場での挨拶方法〉
・朝の挨拶:早安您好。
・お昼、午後の挨拶:午安您好。
・夜の挨拶:晚安您好。

■挨拶言葉の歴史文脈

「早安」、「午安」、「晚安」は台湾独自の挨拶ではない。18世紀、清の時代の名作小説『紅楼夢』にはこれらの言葉が全部出ている。その後、19世紀から20世紀初頭にかけてのいろいろな口語小説の中にも使われている。まさに挨拶の定番表現だ。これらの小説の言語表現は現代中国語とほとんど共通しているため、台湾の中学生であれば簡単に読める。
1923年に華人教育学者の夏丏尊が翻訳したイタリア小説『クオーレ』にも「早安」という言葉を使われている。この中国語翻訳版は、当時の華人世界のベストセラーである。つまり、「早安」、「午安」、「晩安」は、本来的には現代中国語の基本挨拶だったのだろう。
ただ、中国では何らかの原因があってからこの言葉が使われなくなり(文化大革命によって言語知識が断絶されたからなのか)、結局、この挨拶は中国にはないが、台湾にはある表現となっている。

一方、「早上好」という表現は18、19世紀の口語小説に使われていない。魯迅が翻訳した森鷗外の小説『あそび』(『現代日本小説集』に収録され1923年に出版)には「早上好」という言葉が使われている。しかし、魯迅が翻訳した『あそび』の翻訳の質はよくなく、訳文の多くは直訳でぎこちない。夏丏尊が翻訳する『クオーレ』にも直訳は多いが、全体的には魯迅の翻訳よりも滑らかで読みやすい。このようなことから推測できることは、魯迅が『あそび』を翻訳した当時は、母語の文章能力がそれほどではなかったから、翻訳された文も中国語らしさがなくなっているのではないかということである。
実際、1980、1990年代の台湾と中国との交流において、台湾人が中国人から「早上好」という言葉を聞いてまず感じたのは、ぎこちなく、しっくりこない、言葉の伝達になれていない人が自分の知っている語彙の中から無理に寄せ集めてできたのではないかということである。

中国が「早上好」を使うのは、恐らく魯迅の影響を受けたものではなく、可能性としては、文化大革命がもたらした文化の断絶で、正常な人とのつき合い方がわからなくなり、挨拶のやり方がわからなくなったから、政府が社会を再構築するため、人々の基本文章能力が足りない中で、無理やり「早上好」という、ぎこちなくてしっくりこないが通じる挨拶語をつくったのではないか。

■日本人の中国語教育から抜かれた知識

私が台湾の中学校で英語を勉強したとき、英語の先生は、アメリカとイギリスの英語は同じではないと教えていた。例えば、秋は、アメリカでは「fall」と言い、イギリスでは「autumn」と言う。サッカーは、アメリカでは「soccer」で、イギリスでは「football」である。私が高校、大学と進学し、その時々の私の周りにいる同級生には皆これらの英語の常識が身についていた。それは、台湾の英語教師が学生にこれらの基本的な言語知識を伝えるからである。
台湾と中国で使われる文字の違いはアメリカとイギリスの文字の違いよりもはるかに大きいし、文字によっては読み方やアクセントが異なるものもある。台湾人は通常、台湾と中国の言葉遣い、発音、アクセントの違いを区別できる。これは最も基本的な言語知識である。

一方で、これまで再三紹介したように、私が日本で遭遇した中国語学習経験のある日本人は、台湾での基本的な挨拶を知らないことから推測するに、日本人が中国語を勉強するときに、中国語教師のほとんどは恐らく「中国語の文字には簡体字と繁体字がある」、「簡体字は20世紀後半になってできた文字」、「早上好は中国でのみ使われ、台湾や香港では早上好は言わない」と日本人に教えていないのではないか。
日本で中国語を教える中国人が日本人にこれらの事実を伝えないのは、基本的な言語知識が足りないということかもしれないし、他の原因として、日本人に中国語世界の真実を知ってほしくないから、わざと隠しているということかもしれない。まさか基本的な言語知識が足りない人が中国語を教えることはないだろうし、言語知識があるのに日本人に事実を隠蔽しているということでもないだろう。
あるいは、台湾人として、いかなる善意な気持ちをもってこれらの現象を見たとしても説明がつかないのだから、結局、日本人に対して悪意のある言語文化の情報操作がなされていると断ぜざるを得ない。私が遭遇した中国語学習経験のある日本人の状況を見れば、この種の言語文化の情報操作は日本では相当深刻である。

■使わない言葉がまざるネット情報汚染

ネットが発達した時代にあって、多くの人がネット翻訳サービスを使っている。しかし、あいにく、天下のグーグル翻訳でさえ「おはようございます」を繁体字中国語に翻訳すると、翻訳結果には「早上好」が出てくる。もっと言えば、これはほんの氷山の一角である。
グーグルの繁体字中国語翻訳の多くの翻訳結果には、繁体字中国語圏では決して使わない語彙がまざる。しかも、日本語からの翻訳に限らず、英語から繁体字中国語に翻訳する際にも類似の問題がある。これらの現象の最大の被害者は、繁体字圏の言語文化である。
何者かがグーグルの繁体字翻訳結果を「簡体字圏で使用される語彙のみ」にさせたいがため、グーグルの翻訳AIを汚染したいのだろうが、これには相当大規模な動員が必要だろう。それにしても、中国国内に住む中国人はグーグルを使わないし、海外の中国人もわざわざグーグルの繁体字翻訳機能を使うことはないのだから、この現象の背後にあるものは単純なものではない。


グーグル翻訳の繁体字中国語の翻訳結果
(2021/2/28確認)

ネット上の中国語情報は、ネット翻訳のほか日常生活情報も大量に汚染されているというのが多くの台湾人の実感だ。しかも、これらの繁体字中国語情報の中には繁体字圏では使わない語彙が氾濫しているのだから、繁体字圏ではない人がつくった情報が、繁体字圏発の情報を駆逐しようとしていることは明確である。情報汚染の問題は相当深刻で、これらの話題は台湾のネット掲示板で何度も提起されている。ネット情報に関心を持たない高齢者にはその感覚はないかもしれないが、生活の中でネット情報に触れる台湾社会の中堅層や若年層は深刻な被害を受けており、簡体字を使う人へ反感を抱く結果となっている。

なお、日本政府が主導して開発しているスマホ翻訳アプリの「Voicetra」でも、日本語の「おはようございます」は、繁体字中国語圏で決して使わない「早上好」が出てくる。日本の観光庁は観光業界に「Voicetra」で外国人とのコミュニケーションをとることを推奨しているが、「Voicetra」の繁体字中国語の翻訳結果から見ると、逆に台湾人や香港人の観光客の心を傷つけるのではないだろうか。


Voicetraの繁体字中国語の翻訳結果
(2021/2/28確認)

日本政府は、観光立国を推進するに際し、外国人の宗教、飲食、生活習慣等のタブーに留意するとしている。しかし、言語文化のタブーについてはおろそかにしていないか。しかも、日本に隣接する国家から発生している問題である。
私が知る中国語の通訳案内士資格を持つ日本人でさえこの種のことがわかっていない。もちろん、全然おかしくもない、なぜなら、日本人には「中国語資料が汚染されている」という問題を感じ取れないのだから。
ほとんどの中国語学習経験のある日本人は多分、世界に「繁体字」があることを知らないところから始まり、「早上好」が中国人のみの挨拶であることも知らない、この種の情報はよくわからない理由で抹殺されている。台湾人から見れば、これは中国語世界の文化的な悲劇である。

(原案:黒波克)
(翻訳:Szyu)

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