東京的人口(6)

在日本泡沫經濟崩壞之後,位於東京灣附近的一些企業的工廠、倉庫等用地遭到釋出,其中有很多用地被改建成大型公寓,再加上地價下跌,因此東京的臨海地區再度吸引居民遷入,造成一種叫作「都心回歸」的現象,而東京的區部人口也就因此向上攀升。

從1994年至2006年,東京區部的人口增加率最高的區的前五名為:
中央區:2006年人口為1994年人口之1.6倍
港區:2006年人口為1994年人口之1.35倍
千代田區:2006年人口為1994年人口之1.25倍
江東區:2006年人口為1994年人口之1.16倍
江戶川區:2006年人口為1994年人口之1.12倍

其中,除了江戶川區以外,其它四區均是靠近東京都心部的區。

如果從人口變化來看,江戶川區由於位於東京的邊垂地帶,因此它和東京的市町村部一樣,人口本來就持續穩定成長。而中央區、港區、千代田區、江東區則是在泡沫經濟時期人口減少的區,但是在泡沫經濟崩潰之後,千代田區於1995年左右人口開始增加,而中央區及港區則是從1996年左右人口開始增加,江東區則是從1997年左右人口開始增加。

事實上,由於日本社會於1970年代中期便出現生育率降低的問題,因此日本各地的中小學校多半都有學生人數愈來愈少的傾向,甚至有些中小學校因為學生人數減少而出現「備用教室」,不過受到都心回歸現象的影響,一些東京都內的臨海地區的新興住宅地則遇到了幼稚園及小學不足的問題。以江東區為例,該區由於大型公寓不斷興建,造成遷入學童激增,因此於2004年開始管制公寓興建,以緩和學校不足的問題。


(作成ソフト:白地図KenMap)
近十年間東京都區部人口主要增加區域。對日本人而言,這些地區包含了許多東京的有名的地方。例如日本的國會、中央各官廳、皇居、東京車站等位於千代田區,銀座、日本橋、築地則是位於中央區,台場海濱公園、品川車站則是位於港區,台場的國際展示場則是位於江東區。

シャッターを切るときに言う言葉

写真のシャッターを切るとき、台湾人はどう言うか?
やっぱりみんなに笑顔を見せてもらうために、日本で言うところの「チーズ!!」とか「1足す1は?」みたいなことをやっぱり台湾人もやったりする。

多分、中国語を勉強している日本人だったら、真っ先に「茄子!」とかそういう言葉を思い出すかもしれないけど、
台湾人はそういう言い方をしないみたいだよ。
こういうときは、台湾人は「七」(qi1)と言う。

カメラを押す人がシャッターを押す前に言う言葉、
日本語で言うところの「せーの!」とか「一二の三」といった要領の言葉があるけど、
同様の要領で、台湾人は「一二三」(yi1 er2 san1)と言って、みんなに「七!」という言葉を言わせて笑顔で写真を撮影する。
「一二三」とカウントしていたのに、急に「七」が出てくるなんて、おかしい気がするけどね……

東京的人口(5)

由於「住宅双六」的購屋文化,東京都特別區內的人口約於1960年代後半開始流向東京的市町村部以及周圍的神奈川、埼玉、千葉等縣。不過到了1990年代,日本的泡沫經濟崩壞之後,東京的特別區內人口又開始增加。

日本的泡沫經濟大約是從1991年開始崩壞,當時一些受到波及的企業開始將設在東京的工廠、物流倉庫賣掉 (有些則是企業倒閉後,用地遭到拍賣),而日本的不動產業者就將這些倉庫及工廠改建為大型公寓。

在泡沫經濟時期,由於東京特別區內的地價高騰,因此想買房子的人只能到外縣市購屋,然而泡沫經濟崩壞之後,地價下跌,東京都特別區內的房價也相對比泡沫經濟時期為低,因此在東京買房子就不再是不可能的任務了。由於許多企業所釋出的工廠及倉庫用地主要是位於東京灣的臨海區域,而這些地方最大的魅力就是位於東京中央繁華地帶的附近,而且交通便利,再加上日本人漸漸不再執著於擁有獨棟住宅,因而造成人口回流到東京都的特別區內。


東京的人口 (1990~2006)。由這張圖可知,東京都的區部的人口於1996年跌到1965年以來的谷底 (796萬),之後則開始回升,而從1996到2006年這10年間,東京都的區部總共增加了60萬人。不過要注意的是:這張圖顯示的是「整個區部」的人口變化。根據日本的不動產業者的統計,東京的臨海地區的大型公寓數量大約是從1994年開始大幅增加。

8だけじゃない縁起のいい数

この前、「金門包丁という特産品」を書いて、梅と桜 ―日本台湾年軽人的事情―は888回目になったんだよね。
888回というと、縁起のよさを感じる。

台湾人だけじゃないだろうけど、中華圏では「8」の数字が好きだよね。
8というのは、日本では「八」の感じは末広がりで縁起がいいというふうにとらえたりすることもあるけど、そうではなくて、
「八」(ba1)の音が「發財」(fa1cai2)の「發」(fa1)にも音が似ているということで、金回りがよさそうな数字という意味があるようだよ。

そういうわけで、「8」「88」「888」「8888」といった数字の羅列は、
特売商品の値段、携帯電話番号、ナンバープレートなどいろいろなところに見られていて、
そこにはこの数字に縁起を担ぐ人たちの願いが込められたりするらしいけど――

実は、8という数字だけじゃなくて、
6も、7も、9も、それなりに縁起がいい数字だと言われているんだよ。

6には「六六大順」という順調という意味の言葉がある。
あるいは、さいころでは6が一番大きい数字で、それをよしとする意味がある。

7については、スロットとかで「7」が三つ並ぶといい数字であるとか、ラッキーセブンという概念はもちろん台湾人にもあったりする。

9は、「久」(jiu)というのと同じ音で、長く続くということに縁起を担ぐときに使うようだよ。

ちなみに、これ以外の、1、2、3、4、5にはそれほどの縁起のよさはないみたいだ。

日本的和菓子:カステラ

日本的「カステラ」,就是台灣人熟知的「長崎蛋糕」或「海綿蛋糕」。

「カステラ」本來是歐洲的點心,後來葡萄牙傳教士在十六世紀中葉把這種點心引進日本。

「カステラ」這個詞可能是來自葡萄牙傳教士說的「Castela王國(西班牙的前身)的麵包」的「Castela」。早期日本人在記錄這種點心的資料時,用的書寫名稱包括「家主貞良」、「加須底羅」、「粕底羅」等。


「カステラ」是用麵粉、雞蛋、糖漿、牛奶等材料製成。一般「カステラ」的外觀是長方形,上下有一層褐色的薄皮。「カステラ」的主體部分多半是黃色,不過材料和口味多樣化,所以也可以看到其它顏色的「カステラ」。一般日本的超市的麵包類食品區通常都有買得到「カステラ」。

據說「カステラ」是早期是葡萄牙傳教士在日本傳教兼行醫時,提供給病人的食品。到了十六世紀末,才漸漸變成日本人喝茶時配的高級點心。而由於當時製作「カステラ」的店都在長崎,所以長崎就變成著名的「カステラ」產地了。

「カステラ」是從歐洲傳到日本,怎麼能算是「和菓子」呢?

把歐洲傳到日本的點心歸類成和菓子的確有點奇怪。不過對現代的日本人而言,「カステラ」是不折不扣的和菓子。因為「カステラ」在日本歷經幾百年的改良調整,口味有迎合日本人的喜好,已經和當初傳入日本的「カステラ」完全不同了。如果照著日本十七、十八世紀留下來的食譜製作「カステラ」的話,恐怕作出來的成品的口感會和現在的「カステラ」差距相當大。所以現在日本的「カステラ」已經完全算是和菓子了。

在台灣人的感覺中,「カステラ」很明顯算是一種蛋糕,所以台灣人把這種東西叫作「長崎蛋糕」。不過在一般日本人的感覺中,「カステラ」和「ケーキ」(蛋糕)是完全不同的食物。最明顯的不同是「ケーキ」的表面有塗奶油、有各種裝飾。「カステラ」則完全沒有。

註:
除了「カステラ」外,台灣人熟悉銅鑼燒也是和蛋糕相似的和菓子。

金門包丁という特産品

金門島には金門菜刀(金門包丁)という特産品がある。
相当写真が古くなってしまったけど、そこの場所に行ってみたので、その写真を載せてみるね。

金門包丁の大きな特徴は、材料が砲弾でできているということだよ。
大きな通りに面しているお店に行ったら、そこの中に工房みたいなものもあって、
早速実演で包丁をつくっているところを見せてもらえた。
 
実演自体はほんの数分で終わり、早いというか熟練のわざという感じだったよ。
日本からも以前、取材に来たことがあると教えてくれたけど、最近はないみたいだ。

これが完成した包丁。オーダーがあれば、この包丁に刃を入れるそうな。

こういうものが台湾人にとってはとても身近な包丁の形。
包丁というと、台湾人はこういうフォルムの包丁を思い出すみたいだけど、
この包丁自体は、我々が日常的に使う形のものではないね……

以上の工房があるお店は、「金合利鋼刀」というお店だよ。
きれいなカウンターと展示スペースの奧にさらに工房があって、お店の人の都合が合えば様子を見学できるということのようだ。

このような包丁をつくっているのはほかにもう1社「金永利鋼刀」があるよ。

金門の繁華街と思われるところでお店を見つけたよ。
本当はこちらの工房も見てみたかったんだけど――残念ながら見つけることができなかった。

かつて中国大陸と台湾との緊張関係が続いたころ、砲弾がこの島に撃ち込まれ、それがいつしかこんなふうに包丁の材料になっているということだ。
金門にある砲弾が全部なくなっても、今後は台湾軍から、あるいはイラクなんかからも引き合いが来ているそうで、砲弾の仕入れには困らないとのことだよ。

日本的機車駕照(9)

日本機車考照S形場地規格

日本的50cc以上的機車駕照路考中,S形是必考科目之一。日本的機車考照中S形項目可能是用S字形規格的場地,也可能是利用8字形規格的場地。不論是S字形或是8字形,道路寬度均為2公尺,而S字的兩個圓心距離道路最外側邊緣均為5.5公尺。如果是8字形規格場地的話,出入口可能是設在「8」的左右兩側,也可能由是上下兩側,或是設在不對稱的位置 (8字形場地的出入口寬度為3公尺)。而不論設在什麼地方,考照的人都是要走一段S形路線。

日本機車路考的S形和台灣機車路考S形不同之處是:台灣的機車路考S形是要求考照者輪胎不壓線,而日本的機車路考S形則是要求考照者慢速行走中不要撞到東西。日本的S形場地道路兩側放了許多交通椎 (圖中的紅點),如果碰到了這些交通椎,輕則扣20分,重則直接被判出局。事實上,只要不要撞到這些交通椎,便意味著車輪沒有走到道路之外,同時也可以確認騎士確實和周圍的東西保持了距離。一輛機車的寬度約為70公分 (含車身的防撞桿),表面上考照者左右應該各有約60公分的空間,不過由於進行S字行駛時,車身會傾斜,因此實際上兩公尺的寬度對騎士而言其實並沒有那麼大。而進入S形之前,當然要打方向燈,而在出口處是否進行路口的安全確認也是評分項目之一。不過和日本機車路考中的其它項目相比,其實S字形算是相當單純的。

日本機車考照曲折窄巷場地規格

曲折窄巷也是日本各級機車駕照路考中的必考科目。曲折窄巷場地的道路寬度和S字一樣,均為2公尺。不過和S字場地不同之處是在於:S字場地的交通椎是放在道路邊線外側,而曲折窄巷場地的交通椎則是放在道路邊線的內側 (如圖中紅點所示)。也就是說,曲折窄巷的道路寬度實際上其實不到兩公尺。當然,如果碰到這些交通椎,輕則扣20分,重則直接被判出局。這個項目的難處是在於考照者必須要慢速前進,而且還要進行兩個直角轉彎。而第二個直角轉彎的位置,由於已經非常接近路口,因此在進行直角轉彎的同時還要確實進行左右安全確認,再加上道路寬度不及兩公尺,如果直角轉彎時半徑太小的話,車尾很有可能掃到交通椎。圖中的機車為CB400SF (依比例繪製),由圖中的機車大小也不難想像出曲折窄巷項目中發生碰撞的可能性。


CB750與曲折窄巷場地比例。CB750這種「大型二輪」由於車身比CB400SF大,因此在考曲折窄巷項目中,比「普通二輪」更容易擦撞到道路兩旁的交通椎。


SILVER WING (大型速克達機車) 與曲折窄巷場地比例。SILVER WING的排氣量分為400cc及600cc兩種,400cc和600cc的車身大小完全相同。由該圖可知,在日本用速克達機車考路考,在曲折窄巷項目中,不但佔不到便宜,而且比「大型二輪」更容易擦撞到道路兩旁的交通椎。

註:
圖中的機車是沒有加裝防撞桿的形態,由於日本的機車駕訓班的機車都會加裝防撞桿 (速克達也不例外) 因此實際車身會比圖中的車身更寬。

台湾の注音による漢字の振り仮名

以前に、台湾人が漢字が読めないときにどうするか?ということで、「台湾人が読めない漢字に遭遇したら」を紹介したことがあるんだけど、
実際に、振り仮名として注音記号が使われている例を紹介するね。

以下の二つは、子供向けだろうね。
 

あと、これは特殊な読み方を指定しているみたいだ。

このほか、観光地とかで、珍しい漢字の場合は同様に一部にルビがついてあるものがあったりするんだけど――
これは、ちょっと今資料が見当たらないので、見つけたら追加してアップロードすることにするね。

ちなみに、こういうふうに使われているということは、台湾人は漢字が書けなかったときは注音を当てるのかというと、実はそうではないんだよね。
そこには注音を使うことへの抵抗感があるようで、日本人が平仮名を多用するような感覚ではないようだよ。
台湾人が漢字を忘れたら?」も見てね。

日本的機車駕照(8)

如果想要取得日本的機車駕照中「普通自動二輪」駕照,必需要通過:直線加速、緊急煞車、上坡起步、曲折窄巷行駛、S形行駛、直線平衡、連續障礙物前等進等重重關卡,而且在這漫長的1.5公里左右的路考路線中,駕駛姿勢、安全確認、方向燈、道路優先權判斷等均不能有重大疏忽才能合格。而合格之後,就可以在日本騎乘400cc以下的機車了,當然,如果考照時是使用速克達機車的話,就只能騎400cc以下的速克達機車而已。

如果想要取得日本機車駕照中等級最高等級的「大型自動二輪」駕照的話,則必須要通過難度更高的路考才行。在考日本的「大型二輪」路考之前,要先通過「事前審查」:將倒在地上的二百多公斤的重型機車抬起,而且還要推著二百多公斤的重型機車走8字型路線。通過這兩項審查之後,才有資格進行路考。在日本的機車駕照路考中,「普通二輪」路考路線比「原付二種」為複雜,而「大型二輪」的路考路線又比「普通二輪」更為複雜。以東京府中免許センター的路考路線為例,「大型二輪」路考的整個路線中比「普通二輪」路考多了一個右轉、一個左轉、一個十字路口,以及三個變換車道。這些多出來的項目看似普通,但是如果該進行安全確認卻沒確認、該打方向燈卻沒打,或是道路優先權觀念不足,光是這幾個項目也足以把分數從滿分扣到不及格。

在技術項目方面,「普通二輪」路考中的直線加速、緊急煞車、上坡起步、曲折窄巷行駛、S形行駛、直線平衡、連續障礙物前進等科目當然是必考的。而且部分項目的技術要求比「普通二輪」更為嚴格。

以直線平衡為例,日本的「普通二輪」的直線平衡的技術要求是於寬30公分、長15公尺的平台上穩定行駛超過7秒。而日本「大型二輪」的直線平衡的技術要求是在同規格的平台上穩定行駛10秒 (相當於時速5.4公里)。事實上,一般在日本機車駕訓班接受「大型二輪」駕駛訓練的人通常會被要求把直線平衡的練習目標設定在12~13秒甚至更高,以防止畢業檢定時出狀況,也就是說,在日本能通過「大型二輪」路考或是駕訓班畢業檢定的人多半都具備以時速5公里 (甚至更低) 半離合器低速狀態騎乘重車穩定前進的能力。這是因為直線平衡的部分在「大型二輪」路考中算是比較單純的項目。

至於比直線平衡難度更高的連續障礙物前進項目,「普通二輪」的路考要求是在8秒內以蛇行方式連續避開五個障礙物,而「大型二輪」則是要求在7秒之內通過。雖然只差了一秒而己,然而由於「大型二輪」的車體較「普通二輪」略大,靈活度也低於「普通二輪」,那一秒鐘的差其實是相當大的考驗。

除了連續障礙物前進以外,「大型二輪」還要加考一個叫作「波狀路」的項目,該項目是要求考照者慢速通過一段9.5公尺的連續凹凸路面,時間必需要在5秒以上。照這樣的速度,15公尺會花上7.89秒。也就是說,日本的「大型二輪」路考中的波狀路項目的時間要求比日本的「普通二輪」以及台灣的重型機車路考中的直線平衡科目還要嚴格。

台湾の梅をかたどったシンボル

台湾の国花が梅であることは「ブログタイトルについて」「台湾の国花とその利用」で書いてきたんだけど、

実際に、梅をモチーフにした記章やシンボルは、こんな感じだよ。

台北の高等法院だけど、その建物の屋根の部分には裁判所のマークがあるんだけど、
ちゃんと梅をかたどる輪郭の中に裁判を象徴するてんびんが入っているわけだ。
 

台湾の国防部のマークも、銃&剣、錨、羽といった各種軍隊の象徴的なもののマークの上に梅がついていたりする。

スポーツの試合とかで見られる中華オリンピック委員会の旗も、輪郭は梅だよね。
詳しくは、「台湾のオリンピックの旗と金メダルのときのこと」とかを見てね。

いずれにしても、こんな大仰な例を挙げるまでもなく、
台湾人の小中高の学校の校章とか、そういうものにも梅のデザインは使われているよ。

ちなみに、台湾の国花が梅であることは1964年に決まったものなんだって。