台湾のサンドイッチ その1

サンドイッチのことは、三明治(san1ming2zhi4)と言うよ。音訳だろうね。
伝統的には、パン屋さんで売られているものだけど、
今となれば、朝食を売る店やコンビニでも売っているし、
コーヒーショップというのか、喫茶店とかにもサンドイッチが置いてある。

朝食を売る店で売っているということは、
つまり、台湾人は朝からサンドイッチを食べるという発想があるんだね。
ただ、朝じゃないとサンドイッチを食べないというわけではないよ。
軽食感覚で、3度の食事のどこかや間食&夜食でももちろん食べられる。

そのサンドイッチの売られ方を見ていると、
普通の日本人よりも、台湾人の方がサンドイッチを食べているような気がするんだよね。
それほど、台湾ではサンドイッチはポピュラーなものだと思う。

喫茶店やコンビニのサンドイッチは、冷蔵庫で冷えた冷たいものだったりするけど、
パン屋さんのサンドイッチは、つくり置きで冷えていなかったりするし、
朝食を売る店であれば、つくり置きのほか、注文してからつくる場合もあるよ。
つくり置いて間もなかったり作りたての場合は、具やパンが温かくて、ぬくいサンドイッチを味わうことができるよ。

用日語讀漢文的方法(3)

以杜甫的「春望」為例:

圖中紅色部分為「返り点」,漢字右側 (有些偏右下) 所標注的藍色的平假名和黑色的片假名則可以讓日本人知道這些漢字、詞彙或是句子該怎麼讀。

依照圖中所標注的返點和假名來讀「春望」的話,讀法為:

国破れて 山河在り
城春にして 草木深し
時に感じては 花にも涙を濺ぎ
別れを恨みては 鳥にも心を驚かす
烽火 三月に連なり
家書 万金に抵たる
白頭搔けば 更に短く
渾て簪に勝へざらんと欲す (這裡的「へ」讀作「え」)

くにやぶれて さんがあり
しろはるにして そうもくふかし
ときにかんじては はなにもなもだをそそぎ
わかれをうらんでは とりにもこころをおどろかす
ほうくわ さんげつにつらなり
かしょ ばんきんにあたる
ほくとうかけば さらにみじかく
すべてしんにたえざらんとほっす

圖中的返點和假名的排版方式是比照日本國語教科書的漢文排版方式。
漢字右側的標注分為平假名 (圖中藍色部分的假名) 及片假名 (圖中黑色部分的假名) 兩種,片假名是送假名及助詞,也就是在書寫時,要寫出漢字之外的部分,而平假名則是一般日本人比較不太會讀的非送假名的部分

在返點方面,除了之前我們介紹過的「レ点」和「一二三点」外,日本人在讀漢文時還有可能用到「上中下点」、「甲乙丙丁点」、以及「天地人点」等。如果「一二三点」不夠用的話,則用「上中下点」,而「上中下点」不夠用的話,則加上「甲乙丙丁点」,如果連「甲乙丙丁点」都不夠用的話,則可以再加上「天地人点」。


以圖中的句子為例,該句的返點閱讀優先順序為「一二三」>「上中下」>「甲乙丙丁」。

一二三點:
一在「才智」之下,二在「有ル」之下,所以先讀「才智」再讀「有ル」。因此這一部分讀作「才智有ル」

上中下點:
上在「者ヲ」之下,下在「得テ」之下,所以先讀「者ヲ」再讀「得テ」。因此這一部分讀作「者ヲ得テ」

甲乙丙丁點:
甲在「用ヒント」之下,乙在「欲ス」之下,所以先讀「用ヒント」再讀「欲ス」。因此這一部分讀作「用ヒント欲ス」

因此整句話的閱讀順序為:才智有る者を得て用ひんと欲す
而「用ひんと」的部分在現代日語中,「ひ」讀作「い」,因此日本人在讀這句話時是讀作:

才智有る者を得て用いんと欲す
さいちあるものをえてもちいんとほっす

這句話之所以會動用到「甲乙丙丁點」,是因為這句話中有四個動詞:有、得、用、欲。
由於日文的動詞和受詞的位置和中文相反,因此日本人在讀這句話時要倒裝三次(即有、得、欲這三個動詞及其受詞)。而「用」這個動詞因為位於受詞「有才智者」之後,對日本人而言比較自然,因此不用倒裝。

事實上,一般日本人在學校學漢文時,幾乎不太可能遇到這麼複雜的句子,在日本高中生的漢文課本中的「上中下點」其實已經不多了。而會用到「甲乙丙丁點」或是「天地人點」的文章已經是屬於學術研究層級了。

注:
日本某些升學補習班可能也會教學生「甲乙丙丁點」或是「天地人點」,但是考試其實不太可能出現那麼複雜的句子。

台湾国語と大陸中国語の差 その2

私のような中国語がよくわかっていない人間にとっては、台湾と中国の中国語ではどれほどの差があるのか、実ははっきりしない部分ではあるけれども、
中国語の初心者であっても、台湾と中国とで使っている単語が違うことぐらいはわかる。
この差はどうやってできるかといえば――新語を受け入れるスタンスにも差があるのかなと思う。

例えば、
台湾の中国語は、古典的な表現を派生させていることが多いけど、
中国大陸の中国語は古典的な世界から逸脱してしまっているものもある。

こういうふうになってしまう背景は、マスコミでの取り上げられ方の差も原因の一つだと思う。
中国の中国語では政府によって発信してつくられた新語も多かったりするし、
次々と新しい言葉が生まれれば、それをじゃんじゃんマスコミで使ってしまうんだけど、

台湾では、マスコミはそれなりに言葉遣いに保守的なところもあって、
新しい言葉をマスコミが先駆けて使うというわけではない。
若い人の流行語の発信の後にマスコミが報道して定着していくことから、何も報道しなければ言葉の流行は去ってしまったりする。
台湾では、構造的にトラディショナルなものが残る仕組みなんだね。

台湾で国語教育もそのような保守的なところがあるみたいで、台湾で国語教育を受けると保守的だけどより普遍性のある中国語が勉強できるとは言えそうだよ。

台湾国語と大陸中国語の差 その1」も見てね。

日文的送假名(2)

目前日本所使用的「送假名」的書寫原則是1973年由日本內閣所公告的。它的大原則如下:

原則一:有詞尾變化的詞彙的詞尾的音要寫出來:
例如「飲む」(のむ) 這個詞的詞尾「む」會因為動詞變化而有所改變,因此「む」要寫出來。而沒有變化的部分 (即のむ的の的部分) 被稱為「語幹」。同理,形容詞的「白い」(しろい),由於詞尾「い」的部分涉及動詞變化因此要寫出來。當然,這個原則也有例外,例如「難しい」這個詞的「し」的部分並不涉及詞尾變化,但是「し」的部分還是寫出漢字之外,而動詞的「食べる」的「べ」的部分也不涉及動詞變化,但是仍然要寫出來。除了例外部分,這個原則還包括一些模糊地帶,例如日本的學校在教「あらわす」這個詞時,會要求學生寫成「表す」,但是實際上有不少日本人是寫成「表わす」,即將「わ」寫出漢字之外,雖然學校不建議用這種寫法,但是在日本社會上,而這種寫法仍然是可以接受的。

原則二:原則一的詞彙的衍生詞彙依原來的詞彙的習慣書寫:
例如「動かす」這個詞的語幹為「うごか」,而涉及動詞變化的部分只有「す」而已,如果照原則一書寫的話,應該是寫成「動す」才對,但是由於這個詞是「動く」的衍生詞彙,而「動く」在書寫時,「うご」的部分是不寫出來的,因此「動かす」這個詞也比照「動く」的模式,「うご」的部分不寫出來,而這樣子對學習者而言也比較好記。

原則三:名詞不使用送假名
雖然原則上名詞不使用送假名,但是一些容易造成混淆的字還是要使用送假名。例如「後ろ」要把「ろ」的部分寫出來,以用來和表時間的「後」(のち) 進行區別。

原則四:藉由詞性變化所產生的名詞依原來的詞彙的習慣書寫:
例如「動き」雖然是名詞,但是由於它是「動く」的衍生詞,而「動く」在書寫習慣上,「うご」的部分不寫出來,因此「動き」也比照「動く」,「うご」的部分不寫出來,而這樣子對學習者而言也比較好記。又例如「近く」雖然是名詞,但是它是「近い」的衍生詞,因此也保有「近い」的送假名書寫方式。

原則五:副詞、連體詞、接續詞最後一個音節要寫出來:
例如:少し、必ず等。不過像「直ちに」「又」這些副詞則例外。

原則六:複合語依原來的詞彙的習慣各自書寫:
例如「乗り換え」的送假名是依「乗る」和「換える」的送假名書寫習慣來書寫。不過這個原則也包含了一些模糊地帶,例如有些人把「乗り換え」寫成「乗換え」或是根本不寫出送假名,這些寫法事實上對日本人而言還是可以接受的。

原則七:一些專有名詞或是慣用語可以不使用送假名:
例如「乗換駅」可以不用寫成「乗り換え駅」。

由於日文漢字在使用上有相當高的自由度,因此在閱讀日文文章時常常會發生「知道字的意思卻不知道怎麼讀」的情形,而「送假名」就是為了減少這種情形而發展出來的書寫方式。而日本制定常用漢字表的目的,其實也是為了解決日文閱讀不便的問題。「送假名」再配合「常用漢字」的話,多少可以讓新的日文的讀法變得比較明確。

カップルが行くと別れるスポット

台湾でもカップルで行くと別れてしまうというジンクスがある場所がある。
一番有名なのは、木柵の指南宮だと思う。指南宮は、台湾の道教の総本山。
これは結構いろいろなサイトに載っているね。

道教の仙人として、有名な八仙人がいて、
そのうちの呂洞賓(男)という仙人が、仙人の何仙姑(女)との結婚がかなわなかったことから、独身カップル諸君が行くとカップルに嫉妬して別れさせてしまうという話があるんだって。
日本の場合は、弁天様とか、嫉妬をするのは女性なのにね
――男性のジェラシーはときに女性よりも恐ろしいということかなと。

日本と同様に、根拠のないカップルで行くと別れてしまうという場所はあるよ。
日本的な乗りでいくと、漁人碼頭の「情人橋」とかかな。

ただ、この手の場所よりも、台湾人が感じるカップルの別れるスポットというのは、
あくまでも根拠がないことを前提に書いてみるんだけど……
例えば、十八王公廟、行天宮、大甲鎮の鉄砧山とか、
総じて言えることは、祖廟とか、ちょっと特別な山とか景観とか、自殺の名所とかであるわけで、
台湾人の中に、霊験あらたかというか、何か目に見えないものに対する恐ろしさから、カップルが別れるとかを思いつくのかなと思う。

日語的羅馬字表記法與音標

很多人學日文是從背五十音入門。很多日文的入門教材或日文字典都會附五十音表。更親切一點的書上還會在五十音表中加注上「讀音」。例如あ、い、う、え、お的「讀音」分別是a、i、u、e、o。當然,這些「讀音」有時候也會令初學者感到困惑。例如有些人看到ラ行的ら、り、る、れ、ろ這些字的「讀音」是ra、ri、ru、re、ro時,可能會很難接受。

其實,日語教材裡的a、i、u、e、o並不是「讀音」,而是一種日語的文字表現方式。日本人把這種文字表現方式叫作「ローマ字表記」(羅馬字表記)。而這種書寫方式主要是用在日本人的護照或是在非日文環境表達日語內容 。如果我們真的用國際音標來標日文五十音的讀音的話,結果會和一般人在日語教材中看到的a、i、u、e、o大大不同。

日語五十音及音標:

從這個表可以得知,「う」段的母音是音標符號是「倒m」,是中文和英文都不存在的音。ら、り、る、れ、ろ的子音不是[r],而是一種像魚鉤型的符號(Fish-hook R)。日語的「し」的子音並非[s],而是「有尾巴的c」的符號(Curly-tail C)。に、ひ、ふ、ん、じ、ぢ等的子音符號對一般台灣人而言可能也相當陌生。

其實,上面表中的五十音的音標只是種種學說中的一個例子。不同學派的人用國際音標來標日語五十音的音時,結果未必會一樣。例如有些人認為「し」的子音應該和英語中的「sh」的音一樣。有些學派認為ら、り、る、れ、ろ的子音是由舌尖「點」在牙齦的部位來產生,也有些學派認為這些音是舌頭「貼」在牙齦的部位而產生。不論是哪一種,對一般日本人而言,這些音都是差不多的。如果真的要嚴密地追究發音,其實每個人發出的聲音都不可能一樣。雖然大家發出來的聲音不可能完全一樣,但是只要不影響溝通,大家就會把這些音當成一樣的聲音。

其實大部分學日文的人可能都沒看過用五十音的國際音標。大家只看過課本或字典中的「羅馬字表記」而已。不過就算沒有看過五十音的國際音標,大家也發有遇到學習障礙。

從表音文字的觀點來看,如果平假名和片假名這些表音文字可以表現日語的讀音的話,「羅馬字表記」當然也可以算是一種表音文字。所以把「羅馬字表記」當成日語的讀音表現也不能算錯。只是「羅馬字表記=讀音」這樣的觀念只能適用於已經理解日語以及「羅馬字表記」意義的人。例如懂日語的人看到「tanaka」這個字串時,可以馬上聯想到「たなか」。對這個人而言,「tanaka」就是日文的「たなか」。懂日文的人在朗讀日文文章時,當然是用日語的發音閱讀,而不是用英語或其它語言的發音朗讀。而對於不懂日語或不知道「羅馬字表記」意義的人而言,如果沒分清楚「羅馬字表記」及「音標」的不同,在理解日語發音時多少會發生一些問題。

註:
對台灣人而言,「Curly-tail C」可能是個陌生的音標,不過中文有一些音是可以用「Curly-tail C」符號表現。例如中文的「西」的子音部分。ɯ

台湾人の入試

伝統的には、台湾の入試のシーズンは7月になる。入学は9月だよ。
台湾人は常識的には高校入試ぐらいから入試を経験し始めるものだと思う。

そして、普通は高校入試と大学入試と台湾での入試システムでの入試を経験して、
台湾人は大学院に行く人も多いから、さらに大学院まで入試をする。

日本のようなお受験は、台湾では相当少数だと思う。
台湾にも名門幼稚園とか小学校とかはなくはないけど、
そこに行くことで人生に大きな影響があるというわけではなさそう。

中学校とか高校で入試をしておけばエスカレーターで大学まで行けるというのはないみたい。
推薦入試制度はあるけれども、進学するためには何らかの試験を通過しなければいけないのだ。
そもそも、第二次大戦後、台湾には台湾大学1つしか大学はなかったわけで、
エスカレーターですべてが上がれる進学システムが成熟するにはまだ時間が必要かもしれない。

日本的資訊倫理教育(2)

在台灣,所謂的資訊倫理教育 (或是資訊素養教育) 主要是針對利用電腦及網路來獲取資訊的學生所進行的倫理教育。然而在現在 (2007年) 的日本,行動電話是比電腦還要普及的上網工具,因此日本的資訊倫理教育中也包含了一些手機方面的倫理教育,而非只有電腦及網路的倫理教育。

根據日本的NTT DOCOMO的Mobile社會研究所於2005年3月所進行的手機普及率調查結果:

日本的小學生手機普及率:24.1%
日本的中學生手機普及率:66.7%
日本的高中生手機普及率:96%

從這個統計來看,在日本擁有手機的小學生似乎不到四分之一,不過這個調查只是看學生是否擁有手機而已。沒有手機並不等於沒有機會使用手機。例如在其它有關手機使用狀況的調查資料,在日本某個小學中,擁有手機的小學生只然僅約佔1/3,但是如果加入了和家人共用手機的數據的話,則小學生的手機使用率則超過八成。

而再根據社團法人日本PTA全國協議會在2005年11月至12月所進行的調查結果,在擁有手機的小學生中,半數以上的人的手機是可以上網的,而在擁有手機的中學生中,3/4以上的人的手機是可以上網的。

而根據NTT DOCOMO的Mobile社會研究所在2005年所進行的一項關於學生使用手機上網情形的調查結果,在擁有手機的中學生中,有六成的人會利用手機上網,而在擁有手機的高中生中,則有八成的人會利用手機上網。

電腦上網和手機上網的不同之處是在於:電腦只能在特別的場所使用,而學生在使用電腦上網時,家長及老師也都有辦法進行監控。但是手機只要收訊狀況良好,幾乎在任何地方都可以上網。也就是說,學生可以在家人及老師不知情的狀況下在自己的房間裡利用手機上網。由於手機使用上的隱密性,家長及老師根本不知道學生是否上網,更無法得知學生瀏覽過了什麼樣的網站,而根據日本警視廳於2007年11月的調查,有25.1%的中學生及高中生利用手機或是電腦上網瀏覽色情圖片,13.9%的中學生及高中生則在網路上瀏覽過血腥圖片,4.6%瀏覽過自殺勸誘網站,2.6%則瀏覽過「出会い系」(性交易相關) 的網站。

由這些資訊也可以看出,由於網路以及資訊媒體的普及過於快速,加上一些新的網路犯罪手法的出現,社會對於學生或是兒童的保護網根本來不及整備。例如學生可能在不知情的狀況之下上了詐騙網站 (有不少是偽裝成色情網站),並被誘騙點選了某些連結,可能就會莫名其妙地收到一些帳單或是恐嚇電話。

而在日本某個小學中的研究調查中發現,在接受資訊倫理教育之前,約有68%的學童認為手機是一種非常方便的工具。但是在接受過資訊倫理教育之後,則將近有65%的學童認為手機是一種具有危險性的東西。當然,這種教育並不是讓學生拒絕使用手機,而是讓學生在使用手機時能夠保有危機意識以便保護自己。