台湾店頭の水入りペットボトル

台湾の街角とかの飲食店とかの店頭に、
日本であれば板とかに書かれるような屋号とかモットーとかメニューとかが
布にプリントされて、風になびいていたりする。

そして、その布の端には――ひもがつり下がり、その先に水の入った500ミリリットル程度のペットボトルがついていたりする。

ペットボトルには布を固定する重しとしての役割があって、
こうしておけば、布に書かれた販促内容がしっかり読めるという効果もあるけど、
透明なペットボトルをつけておくのにはハエよけの効果もあるんだって。
複眼のハエはペットボトルの光の反射が苦手だという。――実のところの真相はわからないけど。

昔は、粘着性のハエよけなんかを店頭に置いていたらしいけど、
さすがに見ばえもよくないし、グロテスクなので、こういうものもハエよけに貢献しているらしい。

こういうふうなペットボトルはどこのお店でもこうしているわけではなくて、ごくたまに見るという程度のものだよ。
台湾でも、台北よりも、特に南の方がこういうものに遭遇する可能性があるみたい。

日本的間諜

在台灣的刑法中,有所謂的「外患罪」可以用來懲治間諜活動。例如對軍事基地照相或測繪,就會涉及刑法111條「刺探或收集中華民國國防應秘密之文書、圖畫、消息或物品」而可能會遭到處罰。而如果幫敵國從事間諜活動,則會觸及刑法第107條「為敵國之間諜,或幫助敵國之間諜」而可能遭受處罰。

而在日本的刑法中,也有所謂的外患罪。不過就現行 (2007年現在) 日本的刑法中的外患罪只有四條,內容大致上是:
通謀外國對日本行使武力,處死刑
當外國對日本行使武力時支援該國軍力,可處死刑、無期徒刑或兩年以上有期徒刑
未遂者要接受處罰 (未提及處罰方式)
具以上陰謀者處一年以上十年以下有期徒刑

也就是說,如果對著日本的自衛隊基地照相或是測繪、或擔任日本的敵國的間諜、或是幫助日本的敵國的間諜等行為,只要不涉及讓日本的敵國以武力攻擊日本,就完全不構成犯罪。

事實上,對於協助其它國家在日本從事諜報活動的人,日本的法律並沒有相關的罰則。也就是說,日本並沒有所謂的間諜罪。儘管監控外國間諜活動是日本公安警察的任務之一,但是實際上如果日本警察發現了外國的間諜,並沒有辦法基於這個人的「間諜行為」進行逮捕。而必須找到這個人的其它犯罪證據 (例如非法入境、非法居留、或是偽造證件) 才能逮補。然而如果從事間諜行為的人是持合法證件經過合法程序入境日本,又沒有從事任何違法活動,則完全不會有任何問題。

由於現在的日本並沒有對付間諜的法律,因此一些日本人會戲稱自己的國家是「スパイ天国」(間諜天堂)。儘管有些日本人認為應該進行立法來防止間諜,但是由於這種法律一但成立,可能會發生擴大解釋或是惡用的問題,因此立法一直沒有成功,所以目前的日本對於間諜行為仍然是處於無法可管的狀態。

慈湖紀念彫塑公園で蒋介石&孫文の像を見る

以前、「学校と蒋介石の銅像」を書いたときに、
蒋介石の像は、今は桃園の慈湖にある公園に集中して置いてあると書いたんだけど、
実際に、そこまで行ってきたので、紹介してみるよ。

慈湖というのは蒋介石の棺おけが置かれている場所で、
このブログを書いている時点ではまだ棺おけが置いてあるよ。
その場所にアクセスするために通るであろう駐車場のその横に、「慈湖紀念彫塑公園」はある。

慈湖紀念彫塑公園には、胸像とか彫像がこれでもかというぐらいに配置されているよ。
彫像は、単に立っているものだけでなく、
馬に乗っていたり、いすに座っていたりするものもある。

写真を見てもらえばわかるんだけど、これらの像はさまざまな方向を向いて安置されていて、
つまり、並べ方が大変ユニークで、アートというかブラックユーモアがたっぷりという感じがする。
同じポーズの彫像があると、その真ん中に入って同じポーズで写真撮影したくなる。
 
一つ一つの像には、どこからやってきたかということがわかるようにプレートが置かれている。
細かく見たら、もしかしたら自分の学校のもあるんじゃないか!と思うかもしれないけど、
ここに集められているのはごくごく一部で、そこまでの像の量はない気がする。
像は単に学校から来たというわけではなく、お役所関係から持ってこられたものも結構ある。

下の写真は孫文なんだそうで、
つまり、この場所は蒋介石のものだけをコレクションしているわけではないみたい。
もしかしたら、ほかの人の像もまざっているかもしれない。

孫文と蒋介石の見分け方で一番簡単なのは、髪の毛の有無だとのこと……

この公園自体は、沿革によれば、全国で排斥されていく像を慈湖近くのこの地に集めて展示しようということで、2000年ぐらいからできてきたらしい。
公園として完成しているというわけではなく、台座しかないところもまだあるから、これからまだまだ集まってくるんだろうと思う。
この公園は大渓鎮にあるんだけど、日本人観光客にとってはかなり厳しいアクセス位置にあるので、行くのは大変そう。

日本的駐日美軍(2)

1951年,日本和美國簽定了「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約」,日本授權美軍駐紮日本國內。而在1952年,日本又和美國簽定了一份叫作「日米行政協定」的條約。這個條約的目的是將「安全保障条約」中關於美軍基地的配置以及相關事情進行具體的規範。

「日米行政協定」的條文共有二十九條,內容包括美軍、美軍僱員以及美軍家屬的一些定義、美軍基地的駐留以及歸還問題,交通電信方面的約定、美軍在日本的一些權利、美軍軍票管理、基地建設經費的分擔,以及條約的修改等規定。

在這些規定中,有不少條文提供了駐日美軍非常大的特權。例如:
美軍將基地還給日本時不需要進行復舊或是補償。
美軍的飛機及船隻或是車輛在日本國內也享有通行權。
美軍、美軍僱員、軍眷等不受到日本的入國管理法的約束。
日本政府承認美軍、美軍僱員以及軍眷的駕照。
美軍人員、公文、軍品在進入日本時也不需經過日本海關檢查。
美軍的販賣部不受日本相關法律約束。
因為美軍的公務而造成日方人員傷殘或死亡時,日本不會向美方求償。
美方人員因為犯罪而被日本方面逮捕時,日本必須將人交還給美國。

而在這些條文中,最大的問題就是關於美方人員的犯罪問題。在1952年的這個條約中,日本對於美軍的犯罪者雖然有逮捕權,但是卻沒有審判權。而且美國憲兵也可以基於基地安全的理由在基地外抓人。由於這些規定對日本太不公平,因此在1953年時,關於刑事案件方面,改成了日本方面也擁有審判權。不過實際上,由於美方擁有第一審判權,所以實際上日本方面還是沒有出手的機會。

相關文章連結:
日本的駐日美軍 (1)

台湾のレシート回収箱

台湾のレシートを入れる入れ物を見つけた。

でかい箱だから存在感はあるはずなんだけど、
ひっそりと置かれているから、意識して見ようとしなければ気がつかないと思う。

どの箱も透明の箱で外観は似通っているけど、
箱に書かれている団体は違っていて、
つまり、入れた箱によって使われる用途も異なるということだ。

コンビニとかにはさすがにこんなにでかい箱は置いてないけど、
日本のレジ横の募金箱みたいな感覚でやっぱり箱が置いてあるよ。

日本人にとっては台湾のレシートは余り使い道が見出せないから、
台湾でレシートをもらったときはこういう入れ物に入れることにしようね。

台湾のレシートについては、以前にシリーズで書いたので、それを見てね。
台湾のレシート 

日本的駐日美軍(1)

由於日本沒有軍隊,因此日本在國防主要是由駐日美軍來負責。

第二次世界大戰結束後,以美國為首的聯軍司令部開始接管日本,當時駐紮在日本的兵力最高曾經到達將近四十萬人。後來到了1950年,美國方面計畫將日本武裝起來,並讓美軍進行階段性的徹退,不過由於當時日本首相吉田茂認為日本不應該再軍備化,因此要求美軍留下。

而美軍當時一方面為了要對共產圈進行封鎖,一方面為了繼續監視日本,因此和日本簽定了一個叫作「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約」,以讓美軍繼續駐留在日本。

「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約」的條文一共只有五條,內容大致上是:
1. 日本政府授權美軍駐紮在日本國內,當日本要鎮壓內亂或是抵禦外敵時可請美軍進行協助。
2. 沒有得到美方同意時,日本不得提供其它國家在日本駐軍。
3. 美軍基地的配置相關事宜由兩國共同協商決定。
4. 當美日認可新的安全機制成立時,該條約即失效。
5. 該條約於兩國交換批准書後生效

由於這個條約准許美軍在日本駐紮,意味著日本要和美國合作,在當時意味著日本要和美國聯手對抗共產圈,因此有不少人反對日本政府簽署這個條約。另外,也有一些人因為主張日本應該要建立自己的國家主權而反對這個條約。

台湾鉛筆 その2

台湾鉛筆 その1」も見てね。

台湾人にとっては、実は鉛筆よりもロケット鉛筆の方が身近なのかもしれない。
台湾人学生の筆記具の変遷」でも紹介したように、
台湾人は小学校段階ですら、鉛筆を余り使わないんだよね。

そして、シャープペンシルよりもボールペンが志向される傾向にあることは「台湾人と青のボールペン」で何となく書いてきたわけで、
つまり、試験でさえ、記述問題の場合の筆記具はボールペンが使われる。
では間違ったときは?というと――それは修正液を使うとのことで、日本の感覚からすると到底信じられない、そういう常識でいいのか?(と私は思う)ことが行われている。

しかし、マークシートはどうなのか?というと、さすがにボールペンは使えないわけで、そういうときに登場するのが、ロケット鉛筆なのだ。
台湾では、マークシートのときは2Bという指定があるものの、
鉛筆でなければならないという決まりはどこにもないみたいで、
普通の人はマークシートの試験のためにロケット鉛筆を購入する。
鉛筆を購入して当日に備えるとか、そんなことは普通はしないようだよ。
マークシートのときは、机の上にはロケット鉛筆と消しゴムが置かれるんだって。

ちなみに、日本の場合は、常識的にはマークシートではHBの鉛筆を用意すると思う。
大学情報センターのホームページの「センター試験Q&A」によれば、センター試験でも英語のロゴが入っていなければ使えるということになっているみたい。
ただ、センター試験の本体のホームページにはこのような書き込みはないから、よくわからないよ。

日本的警察(6)

在台灣,除了警政體系的警察以外,還有法務體系的調查局。而調查局的職責主要是防治可能影響到國家安全的犯罪,例如內亂、外患、經濟犯罪等。在美國,這一類工作則是由FBI來擔任,而且美國的警察體系和FBI的分工更徹底。

在日本,法務省底下有個公安調查廳,從部門及名稱來看,似乎有點類似台灣的調查局或是美國FBI。不過日本法務省的公安調查廳的人員主要是檢察官,這些人並沒有司法警察身分,沒有強制搜索的權限,也不能逮捕人。只能照著法規以合法手段蒐集資料而已。

為什麼公安調查廳沒有逮捕權呢?

因為沒有必要。日本本身有司法警察體制,犯罪者交給司法警察來逮捕就好了。

既然有警察,為什麼還要另外設公安調查廳呢?

因為日本為了防止警察受到政治操縱,所以讓警察體系保有一定的自主性。結果警察的資料不會流到國家行政高層。但是對行政部門而言,有些治安資料非常重要,所以才會設公安調查廳,讓行政方面也能掌握治安狀況。也就是說,公安調查廳的角色是把握資訊。日本的國家安全方面的犯罪防治還是由警察體系來負責。

在日本,專門負責處理危害國家安全犯罪的警察叫作「公安警察」。公安警察和一般日本街頭隨處可見的那些穿制服警察一樣,都是警察學校畢業之後分發到相關部門任職。不過在職務上,一般警察的工作是保護一般民眾安全,偵辦的犯罪主要是一些和民眾生活比較有直接關係的事件。至於公安警察保護的對象不是民眾,而是國家。由於公安警察保護的層級是國家,性質非常特殊。所以公安警察是由警察廳警備局,或是地方警察的公安部門直接管理。和其他警察部門完全隔離。

這到底是什麼意思呢?

本來警察是由各地的警察本部或是警察署指揮。各地的警察本部或是警察署會掌握自己轄區內的治安資訊。不過公安警察的情報來源不是轄區警察系統,而是直接從中央的警察廳或是其他公安警察系統得到治安情報。這些治安情報不會提供給其他部門。

日本的公安警察算是日本警察體系的菁英組織。會分發公安部門的警察多半都是公務員考試成績優秀,而且在警察學校受訓成績優秀的人。

為什麼成績優秀的人會分發到公安警察呢?

因為有能力影響到國家安全的犯罪者通常不是普通的犯罪者。而公安警察的任務是事前發現問題、事前阻止問題發生,所以需要頭腦非常明晰的人才。

日本的公安警察所監控的對象包括日本共產黨、左派團體、右派團體、勞工團體、宗教集團、外國間諜、恐怖分子等。其中日本共產黨從戰前就一直是日本的警察體系所的監控對象。雖然2007年現在日本共產黨是完全合法的政黨,而且在國會及地方議會都有議席。不過日本的公安警察還是繼續在監控日本共產黨活動。由於公安警察要監控非常多的組織,所以公安警察最基本的工作就是要記人。例記共產黨員的臉,記左派團體及右派團體成員的臉。記住這些組織的成員的臉後,才能有效監視這些人,才有機會發現這些組織在做什麼事。由於公安警察要記很多人的臉,所以頭腦必須非常明晰。

公安警察的監控手段包括監聽、跟蹤、或是從監控對象組織中吸收臥底的人等。工作內容其實就和諜報機關差不多。公安警察在在監控外國間諜或恐怖分子時,也會和CIA交換情報。另外,日本的公安警察也會監控學生運動及勞工運動,所以日本的學運和社運往往以失敗收場。

由於日本的公安警察的任務性質特殊,所以公安警察的工作內容通常不會公開。即使是警界內部的人,只要不屬於公安警察體系,幾乎沒有機會和公安警察部門的人員來往。

有些日本人會用「警察國家」來批判日本,主要原因是日本的警察權力過大,另一個因素就是公安警察的資訊非常不透明,而且公安警察在執行公權力時會用一些爭議的手法。

相關文章連結:
日本的警察 (1)
日本的警察 (2)
日本的警察 (3)
日本的警察 (4)
日本的警察 (5)

台湾鉛筆 その1

日本人でロケット鉛筆orロケットペンシルを知らないという人もいるんじゃないかな。
ただ、台湾人にとってはロケット鉛筆は日本よりもずっと流通していて、
日本になぜこれほどまでにロケット鉛筆が売られていないのか、不思議に思うかもしれない。

ちなみに、ロケット鉛筆については、「GoBack80s」というブログにも紹介しているよ。
存在を知らなかったら、イメージする参考になるかもしれない。
(このブログの最後のところにあるリンクで行ったところにあるアニメーションがおもしろいよ。)

ロケット鉛筆というのは、台湾では「免削鉛筆」(mian3xiao1 qian1bi3)というよ。
ロケット鉛筆「免削鉛筆」は、1960年に洪勉之さんが発明したんだって。
その洪勉之さんからアイデアを買った人が荘金池さんという人だよ。
荘金池さんという人は大変なお金持ちで、買ったアイデアを広めたそうな。

ロケット鉛筆発明についてはいろいろ諸説あるみたいで、日本人がつくったという話もあるようなんだけど、
当ブログは台湾のことを紹介するので、台湾で発明されたという説をとることにするよ。

四国放送さんのホームページによっても、
ロケット鉛筆のことを「台湾鉛筆」と言う地方もあるようだし、台湾で発明されたと言ってもあながち間違いではないだろうね。
ちなみに、このサイトにある「台湾のK.C.Chuangという男性が発明」というのは、
恐らく荘金池さんのことを指しているのでは?と思う。