翻訳を通じてわかる母語表現問題

私は今まで、自然な中国語で書かれた翻訳作品に出会ったことがない。このことは「読みにくい中国語翻訳の世界」でも触れた。台湾で、小さいころから大人になるまで、それはたくさんの翻訳作品を読んできた。これらの翻訳作品に共通した特徴は、全てが中国語の語彙であるのに、大部分の文の表現が日常的な中国語ではあり得ないものだったことである。
もしかしたら自然な中国語で書かれた翻訳作品はあるのかもしれない。しかし、私が読んだことのある翻訳小説、雑誌、学術書等にそのような作品はなく、尋常ではない確率でこの不自然さに遭遇していた。

翻訳をした人は中国語母語話者だが、翻訳で使われる中国語は、普通の中国語母語話者が日常で表現する方法とは全く違っている。その根本的な原因は、中国語の翻訳者の母語表現能力が足りないから、自分の母語で「作者が原文で表現したいこと」を適切に再現する能力がないということだと思う。恐らく翻訳者自身は自分の母語表現に問題があること自体をわかっていないのではないだろうか。ちなみに、このような現象は相当ありふれて存在している。

■母語表現能力に無自覚なことは日本で気づいた

中国語母語話者の母語表現能力が足りないことは全然おかしくないことである。母語表現に精通すること自体が本当に容易ではないからである。
普通の人が自分の母語で簡単な意思会話をする分には全く問題はない。しかし、ロジックがあって体系的で複雑な表現をするときに実は問題がある。私が台湾の大学に行っていたころは、今から考えると、私には自分の母語でロジックがあって体系的な表現をする能力はまだなかった。今の自分の母語能力から当時を振り返って、やっとそのような結論が得られている。当時の私には、「母語表現能力が足りない」という自覚は全くなかった。

私が台湾で大学まで勉強し、それでも自分の母語でロジックがあって体系的な表現ができていなかったのは、私個人の問題というわけではない。当時の私の大学の同級生たちの表現能力もさほどかわりはなかった。みんなの表現能力がさほどかわりはなかったので、みんな自分の表現能力に問題があるとは思えなかっただけである。
私が大学で出会った多くの先生の表現能力もよくなかった。当時は母語が日本語か台湾語の先生も何人かいて、母語が中国語ではないから中国語の表現能力がよくないというのは仕方ないこととしてあった。しかし、母語が中国語の先生であっても、中国語の表現能力がいいとは限らなかった。つまり、母語表現能力がよくないことは若者の問題というわけではなかったし、大学で教える知識エリート層の母語表現能力がいいとは限らなかった。

皆の言語表現能力がよくなかった根本原因は、表現能力がよい人に出会う機会が少なく、参考にできるよい手本もなかったことにある。
私の学生時代に出会った中国語表現能力が比較的よい人は、中学校、高校時代の塾講師であった。私が出会った塾講師はたくさんいて、彼らの表現能力が皆よいというわけではなかったが、全体的に塾講師の表現能力の方が学校の先生よりも高かった。ただし、学生の大部分は「教え方がよいかどうか」で相手を評価するはずで、そのとき「言語表現能力」から問題を捉えて、表現能力の手本にするということがあるわけではなかった。
塾講師ぐらいしか該当者が見当たらないというのは、私個人の独特の経歴というより、大部分の台湾人は、日常生活の中で「中国語の表現能力がよい人」に出会う機会はそう多くないということである。よい見本に出会う機会が多くないからこそ、台湾の大学に行っても、私や私の同級生の言語表現能力に差はなかったのである。

中国語の母語話者の母語表現能力が足りない原因の一つは、中国語母語話者が教育を受ける段階で適切な母語表現訓練を受けていないことにある。
私も小中高のときには学校でかなり多くの中国語の語彙を学んだが、語彙をどのように組み合わせて自然な文や文章にするのかを教わったことはなかった。作文教育はあったが、作文教育の多くは、学生に説教めいた人生論や文学っぽい流麗な文章を教えることであって、学生がどのように自然で普通の、正確で読みやすい表現をするのかを教えるのではなかった。

この種の言語表現問題は、私が日本で生活するようになって、どのように日本語を使って日本人と意思疎通を図るかを真剣に考えたり、日本のメディアで「外国人でさえ理解できる日本語表現」が使われているのを見たりして、再度自分の母語表現について振り返って考えるようになり、やっと気づいた事実である。もし、私が日本で生活をしていなければ、自分の母語表現問題をこんなにも深く考えることは一生なかったかもしれない。

■不自然なものをよしとした言語教育の問題

一方で、翻訳についても、言語教育の中でいつしか言語表現の不自然さがむしろ正確なのだと捉えるようになってしまっていた。
私が中学校になると、中国語の古文の学習が始まった。台湾の国語の市販参考書には、教科書に出てくる古文の模範翻訳文がついていた。これらの翻訳は自然な現代中国語で古文の内容を再現していたわけではなく、古文の全ての語彙の解釈の寄せ集めが翻訳文になっていた。学生に古文の表現ロジックを知らせることが狙いであるためである。学校の試験には、古文を現代文に翻訳する問題があったが、それで教師が期待する答案は、参考書と同じで、古文の全ての語彙を解釈できているかどうかだった。このような古文の語彙解釈を無理やり寄せ集めた翻訳文は一つも自然なものがないのは当然なのだが、国語教師は学生に、この種の翻訳文が不自然だとは決して言わなかった。その結果、学生はこれこそ真の翻訳であり、これこそ自然の表現方式だと考えるのである。

そして、中学校になると、英語の学習も始まった。台湾の英語の市販参考書にも、教科書に出てくる英語の翻訳文がついていた。これらの翻訳は教科書の英語のもともとの意味を自然な中国語で再現したのではなく、全ての語彙を中国語に置きかえた後、寄せ集めて文にしたというものであった。学生に英語の表現ロジックを知らせることが狙いであるためである。そして、英語教師は学生に、この種の中国語の翻訳が不自然だとは言わなかった。その結果、学生は、語彙が完全に対応関係を持つ「直訳」こそが正確な翻訳であると考えるのである。

台湾の教師が学生に、古文や英語の模範翻訳文が不自然と言わなかったのは、教師自身が言語表現の本質を考えていなかったからかもしれない。彼らも、彼ら以前の教師や市販の参考書によって学習したにすぎないのだ。その結果、台湾の学生が中高段階で多くの国語や英語の語彙を学んでも、自分の言語の自然な表現方式を学んだということにはならなかったのである。実際に、学校の教師や参考書が提供する古文や英語の模範翻訳文は非常に読みにくいものであった。しかし、学生はこれが自然で正確な母語表現方法だと思い違いをするようになるのである。

■不自然な翻訳文をそのまま大学に持ち込む

私や私の同級生が中高段階で受けたゆがんだ言語表現方法の訓練の弊害は、大学になってからあらわれてきた。
私の大学の専攻で使っていた教科書の大部分はアメリカから輸入した最新のアメリカの大学の教科書、つまり英語だったのだが、課題のレポートを書くときには中国語を使ってもよかった。レポートを書く際には教科書を参考にするため、みんなが書いたレポートには「直訳」テイストの不自然な中国語で満ちあふれることになった。このような現象は、私や私の同級生の間で発生しただけではない。私の先輩が書いたレポート、私の指導教員が書いた中国語の論文でさえ全てこの種の問題があった。

皆がレポートや論文を書く際に使う中国語は非常に不自然で、しかも読みにくいのだが、日常生活でおしゃべりするときには中国語は正常に戻る。つまり、ゆがんだ言語表現方法は最も根本にある母語表現を揺るがすものではなかった。しかし、みんながみんな、ふだん自分の母語表現に問題があると考えているはずもないから、こういう表現のギャップがあったことを全く感じていなかったのは奇妙なことであった。

私は日本に留学して、言語の構造がわかり始めてから、ようやく以前の、台湾での自分の言語表現に大きな問題があったことに気づいた。その後、記事や翻訳をするときにかなり気をつけるようにすることで、やっと以前台湾の学生時代に培った不自然な母語の文章の表現方法が矯正できてきた。

■母語話者の母語表現能力が足りないのは割と普通のこと

中国語母語話者が適切な表現ができないことは、台湾特有の問題というわけではない。香港人や中国人の翻訳作品を読んでいても、類似の不自然な中国語表現問題に突き当たる。台湾に比べて状況がよいわけでもない。香港や中国の言語教育にも台湾と類似の問題があるのかもしれない。
特に中国は、このことに加えて、文化大革命を経て、本来の中国語の自然な表現方法が失われ、多くの言い回しの方法が原始的で粗野なものに戻ったか、官製のぎこちない語彙に改まった。だから、中国語の表現の流暢性や優雅さは、台湾や香港に比べてひどく劣っているという問題もある。
この視点で見ると、日本では、表現が不自然で上品ではないような異常な中国語が多数採用された情報表示ばかりを目にするようになっているということであるが、ここまで正直には誰も言えないので、日本人が思っている以上に価値が低いものはそのまま放置されている。
さらに、母語話者が適切に自分の母語を使って翻訳ができているわけではないことは、何も中国語圏のみのことではなく、日本でもそうである。私が留学生だったころにも、翻訳がひどい日本語の学術書を幾つか読んだことがあった。翻訳した日本人は明らかに自分の母語で、作者が原文で表現したい意思を再現することをしていなかった。これらは私が台湾で体験してきたことと類似のことだと思う。

■翻訳で遭遇する原文をつくる人の母語問題

そして、私が現在遭遇しているのは、日本語を母語とする日本人の日本語表現問題である。翻訳するべきものとして渡される日本語原稿(主に観光情報)の内容が大分ひどい。書き手が原稿の使用目的や読者のニーズを考えず、読みやすく書いていない。はっきりしないのでどうとでも解釈できてしまう。日本人自身ももちろん、日常生活でおしゃべりする分には問題がないのかもしれないが、それを超えて、自分たちの母語でロジックがあって体系的な表現をする能力は足りないということかもしれない。
これらは大半が自治体職員や民間企業の社員が書いたものであり、このような身分であっても適切に自分の母語を使っているとは限らない。私がこれまで遭遇した多くの日本語原稿から、日本の自治体職員や企業の社員の中には、かなりの割合で適切に自分の母語を使えない人がいると思う。あるいは、文章を書くことが得意ではないにもかかわらず、文章を書く部署に配属されて書かざるを得なくなっている、つまり、日本の自治体や企業では、専門知識を持つ人を適材適所で人材活用をしていない結果なのかもしれない。
いずれにせよ、これらのかなりひどい日本語原稿を受け取って翻訳するということは、少なくともこれらの原稿は組織内部のチェックを通過したということであり、チェックする人自身も日本語原稿の内容の問題を見分けることができていないのかもしれない。

現在日本政府は観光立国を推進し、中国語の情報が世の中にあふれているように目に映るが、ネーティブから見て少しも価値が高いものができ上がってこない。その原因の一つに、文章をつくり翻訳する人たちの母語表現能力の問題がある。これは中国語翻訳者の母語表現能力の問題だけでなく、実は日本語原稿の段階で問題があることが翻訳結果に大きな影響を与えていることも間違いなくある。質の悪い日本語原稿で質の悪い翻訳がされてしまえば、その結果の品質が相当ひどいものになることは容易に想像できるだろう。そろそろ品質の悪い翻訳は排除し、より母語表現能力のために努力した人が担う、より品質の高い翻訳資料がふえていくことを願ってやまない。

(原案:黒波克)
(翻訳:Szyu)

読みにくい中国語翻訳の世界

私が留学した日本の大学には留学生向けの日本語の授業があり、「翻訳」がテーマだったことがあった。この「翻訳」とは、翻訳のやり方を学ぶのではなく、「翻訳のやり方を語る」文章を読むということである。
翻訳には「原文尊重主義」と「訳文尊重主義」という概念があり、オリジナルが表現する要素と翻訳文の流暢性の間でいかにバランスをとるかを考えさせるというものだった。

教師はクラスの学生に、あなたの国の翻訳は、オリジナル表現を重視する構造か、それとも翻訳文を重視する構造かと質問を投げかけた。
それに対して、ある中国から来た留学生は、中国の翻訳はオリジナル表現を重視して、かつ、時間をかけて流暢な中国語に修正していると答えた。
教師はそれを聞いてすごく驚いていた。このような翻訳方法は理想的だからである。
そして私も、これには大変驚いた。私は中国語の翻訳をたくさん見てきたが、その実情は、この中国から来た留学生が話したものとは明らかに異なるからである。だから、その中国から来た留学生は、本人が思う翻訳の理想状態を現実のものと勘違いして答えているのかもしれないと思った。

■活字の翻訳書が読みにくいのは大人ならわかる表現で書かれているから?

私は小さいころから台湾で翻訳書をたくさん読んできた。私が生まれて初めて見た漫画「ドラえもん」も翻訳書である。当時の私はまだ小学校に上がっておらず、「ドラえもん」が翻訳書であることも知らなかった。
私の母は、私が漫画を読むことを喜ばなかった。私が小学校に上がった後は、母は一貫して私に「純粋な」活字の本を読ませた。母から紹介される本はどれも翻訳書であり、それはとても読みたくないものだった。
最初は字が読めなかったこともあり、活字の本を読むのが好きではなかった。しかし、ある程度字を読めるようになった後でも、私はやっぱり活字を読むのが好きではなかった。それは、これらの本がとても読みにくいと感じたからである。

私が活字の本を読むのが嫌いであっても、やはり「読まざるを得ない」ときはあった。私の家では、週末になると祖母の家に行って食事をする。祖母の家には児童の娯楽になるものは何もないし、家にいる大人は皆子供に関心がないから、本を読んで現実逃避するしかないのだ。当時、祖母の家で定期購読していた中国語版の「リーダーズダイジェスト」を格好の現実逃避の道具にしていた。
しかし、その「リーダーズダイジェスト」はとても読みにくい雑誌だった。文章表現はどれもとても奇妙で、私がふだん見聞きする中国語の表現方式と全く違っていた。当時の私は、大人が文章を書くときにはこういう奇妙なルールがあり、だから、書かれている文章はこんなにも不自然なんだと思っていた。

活字の本のテーマが魅力的であれば、やはり読みたいものはあった。台湾で「ET」や「スター・ウォーズ/ジェダイの復讐」が上映されたとき、私は映画館に行くことはなかったが、父親がこの映画の翻訳小説を何とか手に入れてくれていた。
小学生の私がこの2冊の小説を読み終えるのは簡単ではなかったし、読み終えたものの、内容を理解していなかった。小説の中の文の書き方が奇妙であるのに、身近な大人は私に、なぜこれらの文章がこんなに奇妙かという話をしなかった。だから、私は私なりに、大人が小説を書くときには奇妙な表現様式をとらないといけないのだと解釈していた。

中学、高校に進学した後も、折に触れて翻訳された外国の小説を読むことはあった。そのとき読んだものは「シャーロック・ホームズの冒険」や「怪盗紳士ルパン」などの翻訳書である。この段階では、私の文章理解力も以前よりもよくなっていたから、翻訳書の内容は理解できた。しかし、やはり読みにくさを感じていた。
当時の私は、このような読みにくい文章は「特殊な文学表現技術」があるのだと思っていた。そして、私自身に文章を読む経験が足りない、このような文学表現構造に適応できていないから、読みにくいと感じるのだろうと思っていた。

■大学生になっても読めない翻訳書に自分の知識不足を疑う

私が行った台湾の大学では、アメリカの最新の大学の教科書をそのまま教科書として使っていた。高校の英語の成績がよくなかった私にしてみれば、これはとても大きな負担だった。だから、書店で共通のテーマの中国語版の大学の教科書を探して何とかするしかなかったのだが、私が見つける中国語版の大学の教科書はどれも読みにくかった。
当時の私は、自分の知識が足りないから、大学の教科書は読みにくいのだと思っていた。これら中国語版の大学の教科書は、全て翻訳書だった。私の大学生活の前半において中国語版の大学の教科書をたくさん見つけたが、どの翻訳の教科書も大変読みにくかった。例外はなかった。

台湾の大学で最終学年になったころ、書店で私の専攻に関連する中国語に翻訳された教科書を見つけ、とても喜んで買ったものだった。しかし、読みにくいので、読もうにも読み進められない。この本は中国の幾つかの大学が協力して翻訳した専門書であり、台湾の出版社が繁体字版をつくり台湾で販売したものだった。私がそのときわかったことは、中国人が翻訳した本もこんなにも読みにくいということだった。

こうして大学を卒業して数年後、日本に留学した。日本の大学に入る前には、台湾の書店で私の専攻に関連する分野の学術書(翻訳書)を見つけ、参考にするために日本に持ってきていた。これらの本の中には、台湾人が翻訳したものも、中国人が翻訳したものを出版社が台湾の繁体字版にしたものもあった。そして、私はこれらの翻訳書を読むのに何度も挫折していた。これらの本がとても読みにくいからである。当時の私は、それでもやはり、自分の知識が足りないから読みにくいのだと思っていた。

読みにくいのは学術書だけではなかった。大学時代のあるとき、SF好きの友人が、「攻殻機動隊」という翻訳漫画を勧めてきた。私は漫画を読むのが好きだが、最初の2ページで読んでいられなくなった。内容が本当にわからないからだ。時間をかけて最初2ページの内容を分析してみたが、どうやって読んでも意味を理解できなかった。当時の私は、「攻殻機動隊」で語られる知識は深過ぎるので、内容が理解できないのだと思っていた。

■翻訳書が読みにくい根本原因がわかった

私が日本の学校で勉強して半ばが過ぎたころ、違う言語での表現構造の違いを理解し始め、ようやく、私が以前読んだ中国語の翻訳書がなぜこんなにも読みにくいのかということがわかった。

根本原因は、翻訳者の母語表現能力が弱く、翻訳文を正常な文にしていなかったことにある。これらの翻訳者は、実はオリジナルの意味を確実には理解していないし、オリジナルの作者が伝えたい内容を自分の母語でどのように再現するかも真剣に考えてはいなかったのだ。

これまで読んできた翻訳書の翻訳者は、ただ辞書に書かれた解釈をもとにして、オリジナルの語彙を中国語に改め、その後、何とかしてこれらの語彙を一言一句漏らさないようにして文を組み立てたというだけだったのだ。だから、例えば、もしオリジナルの文で形容詞を3つ使われていたら、翻訳された中国語の文にも必ず形容詞が3つ入ることになる。
翻訳者は辞書の解釈をもとにして語彙を変えただけであって、言語表現の違いを全く考慮していないので、翻訳された文は本質的には「辞書中の一般的な解釈」の集合体にすぎないものとなる。結局、翻訳文の中での語彙は中国語だが、これらの語彙で構成する文は非常に不自然であり、文の表現する順序も非常に不自然になる。だから、読みにくいのである。
そもそも、中国語を母語にする人が話をするとき、翻訳文で使っているような表現をすることはあり得ない。しかし、私が以前読んでいた「リーダーズダイジェスト」雑誌の翻訳文、各種翻訳小説、翻訳された大学の教科書等、翻訳書の全てがこうだった。
つまり、これが中国語の翻訳の真実なのである。

これまでは、私の言語知識が足りないから、小説や学術書には特別の表現ルールがあると思っていたから、読むのが難しいと思っていた。しかし、英語や日本語の表現構造がわかった後、私はこのような奇妙の翻訳文を見て、オリジナルの文章を想像できるようになっていた。これらの翻訳文はオリジナルの表現構造を本当にほとんど保持しているからだ。
私は日本で日本語版の「攻殻機動隊」の漫画を読み、最初の2ページの内容に何らの難しいことがないことがやっとわかった。以前、台湾で翻訳版がわからなかった原因は、以前の台湾の翻訳がひど過ぎただけだった。

■外国語が得意ではなく、修行のための翻訳

翻訳はある言語の情報を別の言語に変換することである。情報が発達していない時代においては、外国語の知識がない人は翻訳書を読むことで外国の知識を得ていた。過去の人たちからすれば、外国語を翻訳する人は知識エリートだから、翻訳文がどれほど奇妙でも、翻訳内容を疑う人はいなかった。
翻訳に従事する人は,確かに普通の人より外国語の知識を持っていて、外国語の勉強に情熱を持っているかもしれないが、それは外国語に精通しているとは限らない。
現実には、中国語の翻訳書の多くは、本物の翻訳家による翻訳ではなく、アルバイトの学生による翻訳である。外国語が得意だから翻訳するというわけではなく、「翻訳という修行」によって中途半端な外国語能力を向上させたくて、過去同じようなバイトをした先輩から翻訳のバイトのチャンスを紹介されたというのが実態である。翻訳ができる人は知識エリートだというのはただの幻想にすぎない。

私が以前読んだ中国語版の大学の教科書も、実はほとんどがアルバイトの学生の翻訳の「習作」だった。学生は母語も外国語能力も未熟で、専門的知識も足りないし、その結果、翻訳の品質も非常にひどいものになる。しかも、わからない部分があっても事実確認もしないので、適当に仕上げて納品してしまう。
雑誌や小説では、比較的専門性のある翻訳者が翻訳するかもしれないが、私が読んだことがある翻訳小説の翻訳の質はどれもひどく、明らかに母語の表現技術がよくなかった。
もっと言えば、中国語の翻訳は台湾、香港、中国に共通する問題なので、以前の香港で翻訳されていた「リーダーズダイジェスト」の文章も、品質は非常にひどいのである。

■翻訳者の母語能力が低過ぎるのは変わらず

情報が発達した現在においても粗悪な中国語翻訳は依然として存在するし、しかも多数を占める。これらの粗悪な翻訳の特徴は、私が小さいころに読んだ翻訳書と同じで、語彙の全てが中国語の語彙だけれども、表現方式が完全に中国語の表現方式ではない。つまり、粗悪な中国語翻訳はやはり数十年前と共通する誤りをし続けていて、全く変わっていない。

最も典型的な例は中国語版のウィキペディアである。中国語版のウィキペディアの多くは他の言語版から翻訳したもので、実質的に翻訳の練習プラットフォームになっている。ウィキペディアの翻訳をする人は、台湾人は少数で、大多数は中国以外に住む中国人である。ただし、台湾人の翻訳であろうと、中国人の翻訳であろうと、翻訳ミスの傾向はほぼ全部同じである。翻訳者の母語能力の弱さと、そのことに全く自覚がないということが根本原因であることも何ら変わらない。

母語の表現能力は何もやらずに自然によくなるはずはないので、時間や努力をつぎ込まなければならない。そして、どんな場合にどんな語彙を使うか、適切な表現をどのようにするかを考え続けることで進歩する。もし自身の母語に関心がなければ、母語で書く翻訳文の品質が当然よいはずがない。
今、日本で中国語の翻訳を見ていても、多くの翻訳文は母語の表現能力がこなれていないという問題があり、しかも、誰が読むものかを考えずに翻訳者が翻訳しているという問題もある。

■読み手に届く言語表現への関心が低過ぎる

私が台湾繁体字と中国簡体字版の翻訳の仕事を同時に持っているときは、台湾と中国の言い回しや表現の違いに留意して翻訳するし、繁体字版の翻訳では、台湾人がなれている語彙や表現方式を使い、簡体字版の翻訳では、中国人がなれている語彙や表現方式を使う。
台湾人は通常、台湾と中国で使用している語彙や表現方式の違いが大きいことを知っている。台湾人が中国人と会話するとき、基本的には言い回しや表現の違いの問題を留意している。しかし、私が日本で会ったことがある中国人は、台湾と中国との文字の違いは知っていても、語彙や表現上の違いに関心がないし、台湾人が会話するときに留意すべき表現に関心はない。台湾人がなぜこの語彙を使い、このような表現をしているのかという発想はないのではないか。

以前、自治体から台湾人向けの繁体字版文書の翻訳案件を受けたとき、翻訳原稿をチェックする中国人の臨時職員は、私が台湾人向けに翻訳した言い回し表現を、中国人だけが使う表現へと勝手に改め、私が使っている正確で誤りのない繁体字を中国の簡体字に改めることさえしていた。
このことは驚くべきことだが、珍しいことではない。この臨時職員に限らず、正確な言語知識がなく、事実確認もしていないことは明らかで、言語や翻訳に対して余りに無関心という例は多い。このような人に翻訳のチェックをさせて完成する自治体資料の品質はよいはずがないのだが、この現実を伝えることが困難であることは、「中華圏の多様性を破壊する日本の自治体職員の無知――その中国語母語職員は繁体字情報を破壊していませんか」でも言及した。

私が日本の大学を卒業して既に十年以上たった。
翻訳文の読みにくさの原因については私なりに理解できるようになったものの、読みにくい翻訳文をつくる翻訳者自身の問題は以前と変わらないし、読みにくい翻訳はこれまで以上に生産され続けている。
あのとき、あの日本語の授業で、あの中国から来た留学生が言っていた、中国の「オリジナル表現を重視して、しかも時間をかけて流暢な中国語に修正している」という状況は、現在でも、現実にはなっていない幻想でしかすぎないのではないかと私は思っている。

(原案:黒波克)
(翻訳:Szyu)

書店的凋零

網路發達的時代,傳統的出版業及書店業者受到衝擊已經不是新聞了。

當初我是從一些報導得知這些業界正在面臨衰退,自己沒有實際感受到。不過最近五年間,我的生活圈的書店真的一間間地消失了。

以前,我的徒步生活圈內有兩間TSUTAYA(有影音出租服務的蔦屋書店)。雖然TSUTAYA不是大型書店,但是陳列的書籍一直有更新,平常已足夠讓我找到可以用來充實知識的新刊書。我通常會在這兩家店買新書、雜誌、漫畫等。如果要買比較專業的書,只要搭不到10分鐘的電車,就有一間紀伊國屋書店。那間紀伊國屋書店的規模雖然也不算大,但是陳列的專業書也算夠多。

這三家書店,都在這五年間歇業了。

我常常會到上野和御徒町一帶購物。以前上野有一間蔦屋書店。我買完東西時常常會去那裡看看有沒有不錯的新刊書。不過這間蔦屋書店在三年前歇業了。

JR上野車站大樓有一間明正堂書店。雖然不是大型書店,但是經營得相當用心。在我常去的TSUTAYA、紀伊國屋書店、蔦屋書店歇業後,明正堂書店就變成我補貨的地方。不過這家店也在2022年5月歇業了。

現在的我當然還是有書店可以逛,只是沒有以前那麼方便了,書店的選項也沒有以前那麼多了。我在日常生活中「順便」去書店看看的機會也變少了。徒步圈內沒有書店,對我而言也相當痛。

◆◆◆

在我生活周遭的書店一間間消失之前,我其實也有感受到日本的「書」的變化。以前學生時代,我幾乎每個星期都會去逛書店。每次逛書店,都會有新發現。不過到了2010年代中期,我在書店裡得到的新發現漸漸變少了。

我平常去逛書店時,花最多時間的就是確認有沒有新出版的「新書」。本來日本的新書主要是定位在「給大眾讀的大學通識教材」。新書的作者多半是一些學者或是社會某些領域的專業人士。在日本,從學校畢業後,出了社會,只要常讀新書,還是可以保持相當程度的最新教養知識。

不過在2010年代的中期,新書漸漸變質了。很多新書的書腰部分開始出現作者的照片。這些作者的少數是真的有專業學識的人,但是大部分是一些常常出現在媒體上的話題名人。這代表新書的教養知識媒體的色彩越來越淡,漸漸淪為幫名人打廣告、讓名人宣傳個人心得的工具。實質上就和怪怪的宗教書差不多。這些名人寫的新書不外乎是一些生活或事業的理念。這些理念或許有可以參考的部分,但是那就只是某個人在某種環境、某個狀況下得到的經驗及想法而已。這種書缺乏宏觀的視野,和教養的本質背道而馳。

出版社賣名人的書,在書腰上放名人的照片,可能是因為網路時代的紙本書的生意真的很難做,所以只能求助名人的光環。甚至可能從一開始就只把消費群限定在這些名人的支持族群,而非一般大眾。名人的支持者在書店裡看到有名人照片的書,可能就直接拿了去結帳了。

我不是這些名人的迷,也不期待從這些名人的個人理念中得到有系統的知識,所以我在書店裡看到書腰上帶了照片的新書,就會直接跳過。不過和名人無關的教養新書真的比以前少了很多。以前我每一兩週就可以買到新的教養新書,不過現在去書店逛教養新書的架區時,看到最後常常是空手而歸。

◆◆◆

網路資訊對出版及書店業者造成衝擊,是因為用網路查資料比找書本、翻書查資料方便太多了。而且網路還提供了大眾集體智慧集結的空間,這是書本很難取勝的地方。

舉例來說,日本有不少拉麵饕客。他們會到處去吃拉麵,然後把心得評論寫在網路上。這些默默無聞的小市民專家生產的資訊,是書本或雜誌很難做得出來的。雜誌或許可以做拉麵的特別企畫,但是雜誌必須考量店家的商譽,內容可能會寫得比較保留。至於小市民專家就比較沒有這種顧慮了。所以看這些拉麵饕客的心得找好吃的拉麵店,會比看書或看雜誌有效率。

以前的小市民專家是把自己的經驗分享在個人網站或部落格上,現在則有讓大眾提供資訊的評價餐廳的網路平台。這種網路平台看似方便,但是實際上並沒有那麼浪漫。這一類平台往往會用一些系統獎勵的方式吸引大眾在平台上提供消費經驗。不過這種方式往往會引來一些只想得到虛擬獎勵,卻沒有能力提供精確的現實資訊,或是根本不關心自己發的資訊,也不想對自己發的資訊負責任的人。而且這樣的人往往是多數派。

以前在個人網站或部落格留下心得評論的小市民專家,是因為真的有探索世界的熱情,所以才會在自己的網站或部落格中留下記錄。至於大眾平台的使用者,往往是為了得到系統的虛擬獎勵才會在平台留下資訊,而且留下品質不佳的資訊也一樣可能得到獎勵。兩者的生產資訊的動機根本不同,所以造出來的資訊品質當然會發生落差。結果追求獎勵的多數大眾的聲音就把少數專業饕客的聲音洗掉,汙染了網路資訊品質。集體智慧徒有集體的形,沒有智慧的質。

最近幾年,網路資訊的缺點也漸漸顯現。惡質廣告網站及內容農場大量複製生產,稀釋掉了全世界有意義的資訊,資訊的母群體受到嚴重汙染。舊型的資訊平台退場,讓過去小市民專家貢獻的重要資訊完全消失。10年前,很多人覺得在數位化技術進步後,資料可以永久保存在網路上。不過現種期待已經變成非現實的幻想。真正的現實是,網路上的資料已經開始大量消失。網路不但不會永久保存資訊,資訊在網路上的保存期限反而有越來越短的傾向。相較之下,傳統紙本書籍的資訊反而有機會得到半永久保存。現在要在網路上要找到十幾二十年前的資料,並不是不可能,但是已經相當不容易了。不過一般民眾只要到大一點的書店,發現十幾二十年前的出版品一點也不難。

紙本書的資訊保存效果意外地比數位資訊好,不過出版業和書店在過去十年間受到數位資訊發達的衝擊,教養書籍的品質下降,書店也一間間地歇業,到書店買書不再像以前那麼方便了。買書變得不方便,上網查資料也沒有好到哪去。因為網路資訊在好幾年前就已經被有心人士大量汙染,充斥著大量免洗廣告網站及內容農場。在這個網路發達的資訊化時代,要找到有意義的資訊,反而變得不容易了。

見立てができない翻訳の質のわな

――ある日本語教師との思い出から

私は来日してすぐ、日本語学校で1年半日本語を勉強した。この1年半の間、私の記憶がたしかならば、少なくとも8人の日本語教師に出会った。

■日本語教師は必ずしも外国語力は必要ではないが

日本語学校の日本語教師の仕事は外国人に日本語を教えることである。だから、日本語教師はさまざまの国から来た留学生と出会うことになる。
外国人に日本語を教えるには外国人と意思疎通を図る必要があるから、日本語教師をするには外国語が必要だと思う人もいるかもしれない。実は、日本語の教授法はたくさんあり、教授法の中には、外国語を一切使うことなく、全く日本語がわからない外国人に日本語をマスターさせることができるものもある。だから、日本語教師は外国語に精通しているとは限らない。
しかし、日本語教師に外国語の知識があれば、教える際にとれる手段は多くなる。私がいた学校には、日本語表現を説明する際、簡単な英語の例文を出して言語の違いを説明する教師もいた。だから、当時の私が持っていた日本語教師のイメージは、若干の外国語や言語理論方面の知識を持つ職業だということだった。

■ある日本語教師が配付したアンケート

私が出会った日本語教師の中には、日本のある有名大学院の博士課程で言語教育を専門に勉強中の人がいた。

日本で生活を始めて半年もたっていないあるとき、その教師は授業中にアンケートを配付し、それを家で書いて、次回の授業のときに提出するように呼びかけた。アンケートは、外国人が日本語を勉強する際のさまざまな状況を調べるもので、この教師の博士課程の研究テーマと関係することなのかもしれなかった。

当時の私のクラスの学生は20人、内訳は、中国人11人、台湾人6人、香港人1人、ベトナム人1人、インドネシア人1人だった。中国語が母語の学生は20人中18人もいたので、その教師はさらに中国語に翻訳したバージョンを特別に用意していた。
私はこの2カ国語のアンケート内容に興味を持ち、日本語版と中国語版のアンケートを1部ずつ受け取った。クラスでは、私と同じように、2カ国語のアンケートを受け取る同級生もいた。

中国語版のアンケートとは、当然のことながら簡体字中国語版ということである。
私は来日当初から、日本人は漢字圏に対する文化知識が極度に貧困で、台湾と中国の文字が違うことを知らない人すら少なくないことに何となく気づいていた。そして、日本語学校の教師さえもその例外ではなかったことを再び思い知らされていた。
日本人が自国以外の漢字に関心を持っていない、自国の周辺のことにも関心を持っていないことは、日本に来た後に大分驚いたことである。
日本語学校の教師の中には、台湾と中国の文字が違うことを知っている教師もいたにはいたが、もろもろの様子を見てみると、言語教育の博士課程のこの教師はそういう文化知識を持っていないようであった。だから、台湾の留学生が簡体字版のアンケートを見てどう感じるかなど何とも思っていなかったのだろうと思う。

■留学生&日本語教師に存在した課題点

この日、授業が終わり、寮に帰ってから、まず簡体字翻訳版のアンケートを見てみたのだが、設問の多くが余りに曖昧過ぎて、具体的に何を聞きたいか何を確認したいか、幾ら読んでもわからなかった。
一方、日本語版のアンケートでは設問は非常に明瞭で、曖昧な部分は一切なかった。だから、私は日本語版のアンケートに回答することにした。
そして、翌日の授業でアンケートを提出するとき、私はこの教師に、翻訳版に大きな問題があると伝えた。アンケートの回答者が翻訳版を見て回答した場合、調査者は正確な結果を得られないかもしれないと。別の中国人のクラスメートもこのことを指摘していた。教師は、中国語版のアンケートは大学で見つけた留学生が翻訳したものだと答えた。

このようなことから、私は幾つかのことがわかったのだった。
1.日本語教師は、大学にいる留学生にアンケートの翻訳能力があると思っていた。
2.日本の有名大学で学ぶ留学生であっても、彼らが持っている言語知識で翻訳を担えるとは限らない。
3.このアンケートを翻訳した留学生は、アンケートデザインに関する知識を一切持ち合わせていないのかもしれない。

アンケートをデザインする際には、設問内容を明瞭にさせなければ調査精度が上がらない。回答者が設問内容を理解できないようなアンケートなら、そのアンケートは失敗だろう。
日本語教師が準備した日本語で書かれたオリジナルのアンケート内容は非常に明瞭で、当時の私でも完全に理解できるものだった。しかし、中国語版のアンケート内容は大分ひどく、日本語オリジナルが伝えたい意図が全く伝わらなくなっていた。
このアンケートを翻訳した留学生はオリジナルの内容を確実に理解していないから、自分が中国語に翻訳したものが日本語のオリジナルが伝えたい事柄を忠実に再現したかどうかがわからないということかもしれない。

日本語版のアンケートの設問内容は非常に明瞭であり、博士課程のこの日本語教師は明らかにアンケートのデザインに関するリテラシーや知識を持っていた。しかし、日本語教師として持っている言語理論知識やリテラシーなどは、適切な翻訳者を見つけさせるものではなかった。
この日本語教師は、自分の大学にいる留学生の言語能力を明らかに過大評価しており、しかも、留学生が翻訳する際に留意すべき事項を伝えていなかったから、中国語版のアンケートの品質は大変ひどくなってしまった。さらに、ひどいことに、大学にすら行けていない日本語学校の生徒がこの問題点に気づいたのだった。

■オリジナルを再現する力量がない翻訳

留学生に日本語と自国の母語の知識があったとしても、その留学生がこの2カ国語を使いこなせることを意味しないし、有名大学の留学生もその例外ではない、このことはちっともおかしくないことである。
言語の理解や表現力はある程度の時間をかけないとなじんでこない。10代やハタチそこそこの留学生の、母語の能力がまだ完全ではない時期に日本に来て日本語を勉強することになれば、母語と日本語のいずれもそれほどうまくない人もいる。母語と日本語のいずれもうまくできていないのなら、もちろん高度に厳密な翻訳をすることはできない。

翻訳は専門的な技術で、ある言語に包含する意図を別の言語を置きかえなければならない。オリジナルの文章の趣旨を理解する能力や、もう一つの言語でオリジナルの趣旨を再現する能力などが翻訳に求められる技能である。

学生が翻訳をする際にありがちな過ちは、辞書上の解釈をもとにオリジナルの語彙を別の言語の語彙に置きかえ、その文を寄せ集めて構成してしまうことである。そして、翻訳を文レベルだけで完結させてしまい、文章レベルの文脈を全く顧みることがないから、文章のバランスや文脈の再現にまで視野が届かないということもある。

辞書の解釈そのままを訳語として使う大きな問題は、辞書の解釈はあくまで解釈であり一般論的なものということである。一方で、現実の文章は、言葉の使い方や選び方がよく考えられている。文章の全体配置を考慮しないで一般論を寄せ集めてしまうと、オリジナルの作者がなぜこの言葉を使ったのか、このように書いたのかを考えていないので、もちろんオリジナルの作者の意図を全く正確に反映しないことになる。

前段のアンケートの翻訳の事例では、この留学生はアンケートの趣旨を理解していなければならず、アンケートをデザインした人がどのような文章でアンケートの内容を明瞭化させているか、回答者に誤解を生じさせないようにしているかを理解していなければならない。まずこのような前提を理解しなければ、オリジナルの文章を別の言語に翻訳することなどできない。さらに、翻訳する別の言語でそのオリジナルの趣旨を再現し、オリジナルの明確性を再現し、オリジナルがその文中に潜ませている誤読を防止するデザインを再現しなければならない。

しかし、この留学生はオリジナルのアンケートをちゃんと読めてはいたが、文字の意味がわかったにすぎず、オリジナル文章の趣旨がわからないし、アンケートをデザインする人がなぜこのように書いたのかがわからなかった。自分の文章をチェックする能力を持っていないし、自己が翻訳した文章はオリジナルが伝えたかった事柄と合致しているかどうかを判別できなかった。だから、翻訳版のアンケートはオリジナルの趣旨を再現されることはなかったのである。

■翻訳させるに適当な相手ではない場合もある

私は、自分が翻訳したものに不用意に横やりを入れられたことが何回もある。
日本人から翻訳を頼まれるのだが、翻訳提出後、日本人は私の翻訳を翻訳の知識がないネーティブに見せているようで、その結果、私の翻訳文がめちゃくちゃに添削されてしまうのだ。翻訳の知識がないネーティブの典型例というのは、中国語を母語にする留学生や、中国語を母語にする自治体の臨時職員などだ。(「中華圏の多様性を破壊する日本の自治体職員の無知――その中国語母語職員は繁体字情報を破壊していませんか」参照)
翻訳文がめちゃくちゃにされると、日本人は動揺し、私の翻訳を疑い始める。こういう感覚は、最悪だ。

翻訳に関心を持たない日本人から私の翻訳を疑う質問をされたり、私の翻訳が彼らの知り合いのネーティブがつくった翻訳との違いが大きいことを指摘されるとき、私は本当にどのようにしてはっきりと経緯を説明すればいいのかわからないことも多い。
ここでの最大の問題は、日本人は頼んだ相手の専門性を見なくなることである。まさか、自分にとって親しい人間がつくった翻訳の方がオリジナルの文をよく再現しているとは思ってはいないだろうが。

とはいえ、振り返れば、私の日本語学校時代、有名大学の博士課程で言語教育を専門にしていたあの日本語教師ですら、翻訳には多くの言語の理解と表現を再現する知識が関係していることがわかっていなかったし、そこら辺の留学生にアンケートの翻訳をさせてしまうとひどいことになることがわからなかったのだ。

日本人は適当な外国人では翻訳は満足にできないことになかなか気づかないし、日本語を使える外国人は翻訳ができるという思い込みがあって、明らかに相手を過大評価している。
一方で、翻訳が正確になされても、セカンドオピニオンのネーティブの人選によりめちゃくちゃにもされる。リアルのネーティブの意見より、グーグルなどの翻訳ツールやウィキペディアなどの情報を過大評価する日本人もいる。
結果的には、単に翻訳を提出するだけではなく、翻訳事情や言語事情に興味がない日本人、日本語以外わからない日本人を相手に、母語の文章の正確さを彼らにわかるように日本語で説得しなければいけない手間が加わる。しかも、相手にはその言葉は言い訳や弁解にしか響いていない可能性さえある。

今はこんな低レベルでむなしい話で悪戦苦闘をしているので、もっと大きくて深刻な話ができないでいる。それは、日本の繁体字事情である。日本では、中華人民共和国以外の漢字の露出が結果的に抹殺されていることは以前紹介したとおりである。
これが私が見る翻訳の世界の現実である。

(原案:黒波克)
(翻訳:Szyu)

搜尋的鬱悶

最近,每次在網路上查資料時,查到最後心情都會相當鬱悶。因為用google幾乎只會搜到不相關的資訊。

我想查的資訊很單純。例如處理生活中遇到的某些問題時,有哪些解決方法。或是日本以前發生某件事時,當時網路上的日本人對這件事有哪些看法等。十年前,要查這一類資訊並不難,只要有搜尋,幾乎都可以得到結果。不過現在要查類似的資訊卻變得相當難,而且狀況越來越糟。

我在搜尋資料時,常常遇到以下的狀況:

■搜尋結果充斥著大量廣告網站

我在搜尋比較需要專業知識的生活資訊時,搜到的全部都是看似有內容,實質上卻是什麼都沒寫的廣告網站。

我最早遇到這樣的狀況,是好幾年前我以個人身分接翻譯工作的時候。當時我在查估價單、請求書(帳單)等文件範本格式時,發現搜尋結果幾乎沒有個人分享的經驗,就只有商用軟體業者的廣告網站而已。這些業者用一些粗糙的範本騙人點閱網站,實質的目的是想向點閱網站的人推銷軟體。看到那些內容粗糙的文書範本,我當然也不會想買他們的軟體。還好估價單和請求書的格式並不難,可以從多方零星的資訊中拼湊出來。

最近幾年,我在網路上查報稅的相關資訊時,也幾乎搜尋不到個人經驗談。日本google的搜尋結果清一色是稅理士的廣告網站。這些廣告網站看似寫了很多稅務資訊,實際上全部是沒有深度、沒有建設性的「一般論」。本質上就是無條件地慫恿從事自由業的人去開店,然後找稅理士處理稅務。近幾年,日本從事自由業的人越來越多,當中收入不安定的人並不少。這些人的事業未必能長期營運,也沒有開店的體力。但是日本的網路上,幾乎沒有針對這些收入不安定、最需要幫助的自由業族群的稅務資訊。我會查稅務資訊是因為我有副業收入,想要知道怎麼報稅比較有利。由於我的副收入的金額不多,也不安定,而且也無法預期將來能做多久。如果去開店,還找稅理士處理稅務,我的副收入可能就歸零了。

這些泛濫的稅理士廣告網站實質上是利用大量稅務關鍵詞欺騙google的AI,搶佔搜尋結果排行,為自己的事業打廣告。結果洗掉了網路上真正實用的稅務知識資訊,讓真正有稅務方面問題的人查不到資訊,而且還浪費時間點進廣告網站。這些稅理士用狡猾的手段為自己宣傳,當然也不用期待他們會誠實幫客戶解決稅務問題。

以前google標榜搜尋結果不受廣告商左右,但是在網站可以大量生產的現在,「假資訊真廣告」的網站大量稀釋掉正常資訊。日本google實質上已經變質成了「廣告搜尋器」。google或許也不想當「廣告搜尋器」,但是打廣告的人知道怎麼欺騙AI,讓google無力招架。這種欺騙手法實質上就是專業領域的小型內容農場。google治不了內容農場的話,當然也治不了這種比較特別的領域的「假資訊真廣告」的網站。

■google擅自移除使用者設定的搜尋關鍵詞

當我發現搜尋結果漸漸被廣告網站霸佔時,我就調整搜尋方法,抓出廣告網站的用詞特徵,然後精挑細選不帶歧義、不太可能誤搜到廣告網站的字串來搜尋資料。而且多半會用兩個以上的關鍵詞來搜尋。

剛開始,用這招搜尋資料還算有用,真的可以排除掉廣告網站。不過現在這樣做,google就會擅自拿掉一個關鍵詞,把我強制帶回搜尋原點。我會選用這些關鍵詞搜尋,就是因為只有完全達成這些搜尋要件,一個都不能少,才有可能過濾掉垃圾資訊。但是google的AI居然還不准我這麼搜,擅自把我精挑細選的關鍵詞當中的一個移除掉,然後列出一堆垃圾搜尋結果給我。google這種設定實質上就是在妨礙搜尋。這種感覺就像是消費者到店裡指定條件要買某種商品,而且店家一定有這種商品。但是店家卻直接無視消費者指定的條件,故意拿出不符條件的劣質商品推銷,浪費消費者的時間。

當初我以為這只是google過渡性的實驗措施,不過現在直接移除其中一個關鍵詞已經快變成google的標準設定。結果我必須要一開始就把所有的關鍵詞都加上英文的雙引號,google才會服從。

我現在在用排除語法搜尋資料時,也必須在排除對象的關鍵詞上加雙引號。不加雙引號,google就不會乖乖地比照辦理。所以現在用google搜尋資料時,所有的關鍵詞最好一開始就加上雙引號,這樣才不會被google擅自竄改。

我平常用電腦時,常常要切換日打和中打,而且切換過程有點辛苦。因為windows的IME輸入介面有缺陷,切換輸入法時常常會發生延遲。現在在google上搜尋資訊,為了防止google偷改我的關鍵詞,我還要另外切換成英打模式來輸入雙引號。所以我會有一種被google和微軟聯手惡整的感覺。

■幾乎很難搜到幾年前的資訊

由於廣告網站和內容農場泛濫,所以我在用google搜尋資料時,會設定期間。我在2017年用google查資料時,就常常把當時最近三年期間的資訊排除掉。因為當時日本網路上的內容農場已經相當泛濫,只有把期間設在內容農場比較不泛濫的時代才有機會搜到比較有意義的資訊。當時用這招還可以找到一些有用的資訊。不過2022年的現在,這招也沒什麼用了。因為幾乎搜不到東西了。搜不到東西,有兩種可能的原因:一種是記錄這些資訊的網路平台消失。另一種可能性則是平台還存在,但是google卻把這些平台的資訊從搜尋資料庫中抹消了。

日本的主要新聞媒體通常會把兩週前的資訊抹消。資訊抹消後,google當然就搜不到了。想看以前的新聞資訊的民眾必須向報社付費查詢。不想付費的民眾只能到公共圖書館翻閱紙本的縮印版合輯。我自己有付費訂閱日本報紙的網路版,所以我可以透過付費系統搜尋及確認幾年前日本發生過的事。但是我能確認的就只限於媒體單方面的報導而已,我無法確認當時日本網路上對這些事情有哪些感想,因為這些資訊幾乎搜不到。儘管我在搜尋時有仔細研究過可能的關鍵詞,而且還限定搜尋的期間範圍,但是就是搜不到相關的資訊。這些是以前一定存在過,但是卻因故被抹消掉的資訊。

以前部落格流行的時代,很多人會在自己的部落格評論時事。這些資訊是理解當時大眾想法的大寶庫。不過這個時代已經結束了。大部分的部落格平台已經消失。當時的人平台上留下的寶貴成長記錄也跟著一起消失。現在用日本的google只搜得到最新的時事和民眾的感想。稍微舊一點的時事資訊或民眾的感想幾乎已經搜不到了。

◆◆◆

網路發達後,查閱某些領域的資訊變得非常方便。例如從地址或設施名稱來找地點、確認某個設施「平時的營業時間」等。以前要翻工具書才找得到的資料,現在也可以上網搜得到。最新的新聞,流行話題等,當然也可以搜得到。和以前相比,這些資訊真的是唾手可得。

但是另一方面,十年前很容易查到的資訊,現在變得非常不容易查。因為網路發達後,製作垃圾資訊的門檻變得非常低。高品質的資訊必須花時間醞釀,垃圾資訊則可以用簡單的剪貼複製大量生成。我用google搜尋時遇到挫折的一大原因恐怕是資訊的母群體當中,垃圾資訊佔的比率太大。在垃圾資訊不斷增殖以及競爭搶搜尋排行的情況下,個人發表的資訊只會被淹沒而已。由於資訊的母群體已經嚴重劣化,所以就算改用別的搜尋引擎,狀況也不會變。

幾年前,我的資料硬碟故障,必須找業者修復資料。上網一查,修復資料的業者還不少。但是實際點入這些網站後,讓我相當不安。因為這些業者的網站給人的第一印象就是投機取巧的奸商。網站裡貼了一堆光鮮亮麗的圖庫照片,內容大多是俊男美女上班族。由於這些照片太做作,所以反而給人一種工業製品的無機質感覺。網站中的業務說明的用詞不外乎是業界第一、復舊率最高、價格最便宜等,而且文字還用了陳腐的立體感設計。我一看就直接聯想到不實廣告的垃圾網站。

或許這些業者在現實中真的很用心地幫客戶修復資料,網站可能只是委託網頁設計公司做出來的。不過業者採用了讓消費者感到不安的網頁設計,充斥著讓人覺得不誠實的廣告詞,完全反映出了這些業者的資訊素養及行銷能力。而且可怕的是在網路上搜到的幾乎都是樣的業者。

結果我非常努力地用搜尋語法排除掉這些網站看起來像詐騙廣告的業者,終於找到了一家非常樸素的看起來像自製網站的資訊修復業者。我實際去見那個業者時,對方是個很平凡的自營業大叔。這位大叔開的資料修復價格或許不便宜,但是至少把我的硬碟資料救回來了。

幾年前,我用各種搜尋技巧還有辦法搜到平凡的個人網站。不過現在,個人網站幾乎都被大量生成的無機質垃圾廣告網站埋掉了。查資料查到最後,得到的往往不是有用的資訊,而是鬱悶的心情。心情鬱悶的原因不是查不到資料。對我來說,「資料不存在」也是很有意義的結果。真正讓我心情鬱悶的原因是搜尋過程中遭遇到太多妨礙。

google的搜尋結果中,大部分的網站的本質不是提供資訊,而是在妨礙搜尋。而且妨礙得非常成功。在網路資訊母群體已經被大量生成的垃圾網站汙染的時代,要從中翻出比較有意義資訊,已經相當困難了。

音樂生活

根據日本總務省的家計消費狀況調查,日本的家庭在2020年3月~8月期間,樂器相關產品的消費額度達到這幾年間的高水準。這可能是因為當時日本受到疫情影響,民眾外出自制,結果演奏音樂就成為民眾在家的休閒。我自己不會樂器,所以當時的我沒有這種休閒選項。不過在疫情下悶了一年,又受到開始學鋼琴的友人的刺激,去年三月我也踏入了樂器的世界。

我在幼稚園時有學過一陣子鋼琴,不過當時就只是反復彈DoReMiFaSo五個音而已,自己也不知道為什麼要學。等我懂事以後,台灣的家裡曾經有過一把木吉他和一台鋼琴,但是那些都不是我的東西。我雖然有碰過家裡的樂器,也知道DoReMi的位置,但是沒有演奏的相關知識。結果我的樂器知識主要是來自學校的音樂課。我到日本生活後,身邊也沒有懂樂器的朋友,所以我開始想學樂器時,光是為了選樂器種類,就煩惱了一兩週。

我對鋼琴、木管樂器、吉他等感興趣。鋼琴是樂器之王,想走「正統派」樂器路線的人都會考慮學鋼琴。但是鋼琴又大又重,我住的地方太小,而且是木造的老房子。放一台鋼琴在房間,房子可能會先垮掉。另一方面,日本住宅區的木造老房子幾乎沒有隔音效果,練鋼琴也可能會引來鄰居抗議。如果是買電子鋼琴,體積還是有點大,而且還是有一定的重量。我住的地方不大,不練習樂器時,必須收好樂器來騰出生活空間,所以就算買了電子鋼琴,也沒有適當的練習環境。至於木管樂器的體積小,不佔空間,似乎不錯。不過在日本的木造房子練習木管樂器也還是會吵到鄰居,所以我的選項就只剩吉他了。

有些人學吉他的目的是想自彈自唱,不過我對自彈自唱不感興趣,因為我很少聽這一類的音樂。我對吉他的興趣是來自以前聽西洋流行樂時,音樂中的充滿躍動感的電吉他聲響。吉他的體積比木管樂器大,收納起來比較不方便,但是吉他的聲音沒有木管那麼響亮,比較不會吵到鄰居。木管樂器的音色雖然美,但是管樂基本上只有單音,吉他則有和弦,音色表現比較豐富,所以我就決定學吉他。而且是從電吉他入門。

◆◆◆

以前在台灣,我周圍會彈吉他的人全部是彈木吉他。高中時代,班上有個同學曾經帶了一把卡西歐的吉他到學校。那名同學的「高科技裝備」當然成為大家的目光焦點。那把吉他的特徵是只用手指按弦,就會發出聲響。當初無知的我還以為那就是電吉他。班上吉他社的同學把卡西歐吉他借去試奏後,我相當失望。因為聲音就像玩具一樣,和我平常聽的音樂裡的電吉他的聲音落差太大。我是後來才知道那把吉他是卡西歐的DG-1電子吉他,實質上是長得像吉他的電子琴,也可以算是高檔的玩具樂器,並不是真的電吉他。

我第一次親眼看到真的電吉他,是在一次大學的家聚中。當時家聚地點的西餐廳有樂團表演,我坐的位子正好在吉他手的前面。樂團的現場表演讓我大開眼界。那次也是我在台灣唯一一次親眼看到電吉他。由於我在台灣的日常生活中幾乎沒有遇到彈電吉他的人,所以在我的感覺中,電吉他在台灣是偏門的樂器。

在日本,不論是電吉他或木吉他,都是很普通的樂器,而且是平凡的小市民可以玩得起的樂器。在東京,買吉他並不難。御茶水一帶有不少樂器行,從店外就能看到店裡掛著許多吉他商品。日本並沒有關於電吉他和木吉他的演奏人口的調查資料,不過從一般樂器行的賣場面積及商品數量來看,電吉他的存在感明顯比木吉他大。如果從現代日本大眾平時接觸的音樂性質來看,電吉他的存在感也遠大於木吉他。所以受到大眾音樂影響,開始想學吉他的人,很有可能就是從電吉他入門。

雖然東京的樂器行有很多電吉他商品,而且標價清楚。不過沒有相關知識的人要走進店裡挑樂器需要相當大的勇氣。網路上常常看到有人說買樂器前最好先在店裡試奏,但是我連最基本的知識都沒有,就算能彈出聲音,也沒有能力判斷哪一種聲音比較好。而且我幾乎沒有音樂方面的日語詞彙知識。詢問店員,可能也聽不懂店員的術語。結果我就只能透過購物網站買吉他。

我在網路上搜尋吉他商品時,曾經比較過同一個牌子的電吉他和木吉他的入門套裝商品的價格。電吉他入門套組大約比木吉他貴一成左右。不過電吉他的入門配件比木吉他多了一個音箱。如果扣掉音箱的價錢,入門款的電吉他和木吉他的價位其實差不多。當我比較了入門商品,心裡有了一點底之後,就出門到書店找吉他的入門教材。這個過程可以讓自己冷靜一點。如果買到了教材,不但可以讓自己的決心更堅定,還可以預習。

買到書後,我就回家上網訂了一把知名廠牌最低價格的入門款電吉他外加便宜的相關配件的套裝商品。兩天後收到貨。開啟了我的音樂生活。

事後想想,網購的確是正確選擇。因為當時自己的知識以及語言能力實在無法和樂器行的店員討論該選哪一種商品。在日本住了十幾年,平時也一直在充實自己的語言知識,閱讀量也超過以前在台灣的時期,不過音樂領域的詞彙就是我的日語罩門。因為十幾年的生活中真的用不到,也沒有機會接觸到。音樂真的是非常特別的領域。

◆◆◆

我是到日本的書店找吉他教材時,才知道在日本學電吉他原來這麼容易。電吉他的入門教材相當多,而且圖文並茂、淺顯易懂。因為教材太好,所以我的音樂生活開始後,並沒有遇到挫折。當然,書本不是萬能的。彈奏時的姿勢、樂器的位置,以及一些彈奏技巧等,很難用文字或圖片清楚表達,所以只看書還是不夠。以前自學的人在這些部分必須自己摸索,不過現在網路上的入門教學影片非常多,其中也包含不少講解彈奏姿勢及技巧的入門教學影片。看這些影片就可以彌補書本不足的地方。

日本的網路吉他教學影片的解說大多也是淺顯易懂。不但用詞表達自然流暢,而且說明內容條理分明,可能日本的小學高年級學生就可以理解。我這個非日語母語的外國人當然也能輕鬆理解。拍教學影片的人非常了解學習者面對的問題及需求,會站在學習者的角度提供解決問題的方法。音樂領域難免會有一些術語,但是這一類影片都會先用最易懂的方式解釋過術語後,才使用術語,而不是一開頭就撂出術語示威,暗示自己很內行。影片的示範演奏相當不錯,但是示範的人不會強調自己多厲害,反而會誠實地告知觀眾他們自己在學習過程中遇過的問題。他們在解說時也會區分一般論和個人經驗。如果問題沒有標準答案,他們也會明確告知沒有標準答案。看這些教學影片,不只可以學吉他,也可以學到各種場合都可以用得到的說明表達技巧。看了日本的吉他教學影片後,再看看台灣的各種領域網路影片,就可以感受到表達技術和心態的落差。

現在我的音樂生活已經過了一年了。這一年間,我經歷過因手指韌帶發炎或因工作忙碌而無法練習的狀況。但是狀況過去後,又確實回歸了音樂生活。我的練習的總時數不多,還是初級程度。如果用日本語能力試驗來譬喻的話,我還沒有把N5級完全學通。但是已經達到了可以自我修正的階段。

美國有吉他廠做過調查,指出學吉他的人大約有九成會在第一年內放棄。雖然那可能是美國的數據,未必適用於日本。不過至少我已經學了超過一年了,而且還有繼續學下去的動力。在疫情發生前,和樂器幾乎無緣的我從來沒有想過會這樣踏入樂器的世界,而且樂器成為自己人生中的休閒興趣的可能性越來越高,這種感覺相當不可思議。

日本的拉麵(4)

台灣剛開始流行日式拉麵時,我曾經在某個拉麵店看到關於日式拉麵由來的資料。當時我印象比較深的是,資料提到拉麵的語源是「老麵」。我看到這個詞的第一個反應是「這是什麼鬼呀」?

當時的台灣已經理所當然可以看到很多日本的電視節目,在台北也很容易買到日文原文書籍或雜誌。不過台灣流傳的日本相關資訊還是有很多都市傳說。由於我不覺得開日式拉麵店的台灣商人會真的去研究日式拉麵的起源,所以我只當那個日式拉麵起源的資料是都市傳說。

在日式拉麵還沒登陸台灣時,一般民眾如果聽到「拉麵」,不會想到日本的食物,而是會聯想到「用手拉製的麵條」。因為以前台灣的電視台有找過製麵師傅上節目表演製作拉麵。早期台灣的電視頻道不多,而且這樣的表演在電視上不只出現過一次。所以就算沒吃過拉麵的人,只要常看電視,至少會知道拉麵是什麼。另一方面,以前的資訊不發達,一般民眾出國也不太容易,所以一般台灣民眾不太可能知道日本的「拉麵」。事實上,當時日本的拉麵是相當平凡的食物,也沒有理由會受到外國人的關注。

日本是在1990年代大眾開始有美食觀念後,平凡的日式拉麵才開始進化,然後在90年代的最後以日本美食的形態傳入台灣。當我實際接觸到日式拉麵這種食物時,最感到不解的就是「拉麵」這個名稱。因為日式拉麵的麵條顯然不是用手拉製的,和我所知道的「拉麵」完全不同。當初我只覺得可能是日本人不懂什麼是真正的「拉麵」,就只是糊里糊塗地把「拉麵」這個詞套用在他們的麵食名稱上,然後積非成是。當然,我的想像並不正確。

其實日本人並沒有把「拉麵」這個詞用在他們的麵食名稱上。日本的拉麵店的招牌或菜單上寫的都不是漢字的「拉麵」,而是片假名的「ラーメン」。我到日本生活後,還真的沒有看過有拉麵店在菜單上用「拉麵」這種漢字名稱。我也有向從事中翻日筆譯工作而且愛吃麵食的日本友人確認過。友人指出,日本的拉麵店幾乎都是寫片假名的「ラーメン」。或許有些店家的招牌或菜單會用漢字,但是那只能算個別店家的創意美工設計,本質上日本人感覺中的拉麵都是寫作「ラーメン」。愛吃麵食的友人還告訴我,在日本,餃子常常會寫成漢字,但是餛飩大多只用片假名。

日本的「ラーメン」在台灣叫「拉麵」,就只是音譯的結果。因為「ラーメン」的音真的很像「拉麵」。當然,以前從事翻譯工作的人可能也沒有吃過真的「ラーメン」,大概也不知道「ラーメン」不是用手拉的。就只是憑感覺把「ラーメン」翻成「拉麵」而已。當我還沒真正接觸到日式拉麵時,也因為這個翻譯名稱的關係,誤以為日式拉麵的麵條也是用手拉的。事實上,日式拉麵的「拉麵」就只是個翻譯名稱,然後這個名稱和我以前知道的用手拉製的麵條的拉麵相同,如此而已。

◆◆◆

現在的日本大眾用「ラーメン」來稱呼日式拉麵,只是偶然的結果。在戰前,日本的拉麵有好幾種稱呼。例如在東京多半叫「支那そば」、在長崎則是叫「南京そば」,橫濱是兩種稱呼都有。北海道則是「ラーメン」比較多。

日文的「そば」本來是指蕎麥。用蕎麥做出來的麵也直接沿用「そば」這種稱呼,結果有些日本人就習慣把麵條叫「そば」。「支那そば」和「南京そば」的意思就是「支那麵」和「南京麵」。到了戰後,日本因為外交的關係,「支那そば」的稱呼開始改成「中華そば」,意思就是「中華麵」。

至於「ラーメン」這個名稱可能是戰前飲食店的日本老闆和中國廚師溝通下的產物。在科學教育不發達的時代,一般大眾的用詞不精確,日本老闆和中國廚師之間的溝通當然也不可能精確。當時的中國廚師到底用什麼詞彙來稱呼「麵」,已經不可能考證了。當時的日本老闆恐怕就只是用日語重現中國廚師的發音,然後造出了「ラーメン」這個詞。日式拉麵的名稱起源恐怕就是來自這個不清不楚的溝通。

「ラーメン」這種稱呼在戰前的日本電影就已經出現過,不過電影裡的台詞並不是只用「ラーメン」,也有用「支那そば」。到了戰後,一般日本大眾對拉麵的稱呼主要還是「支那そば」或「中華そば」。1950年代,日本的作家花森安治在雜誌專欄上介紹札幌的拉麵。由於當時的札幌多半還是用「ラーメン」這種稱呼,所以專欄裡就是用「ラーメン」這個詞。結果這個專欄提升了「ラーメン」這個詞在日本的能見度。日本大眾知道在札幌可以吃得到「ラーメン」, 當時的專欄文章也帶動了札幌的觀光。之後,花森安治又透過別的媒體介紹了「ラーメン」的食譜,再度讓日本大眾認識「ラーメン」這個詞。

1958年,速食麵「雞拉麵」(チキンラーメン)上市。商品名稱就帶了「ラーメン」。日清食品為了促銷雞拉麵,花了很多心力在報紙、廣播,以及當時還不普及的電視上打廣告。把「ラーメン」這種稱呼直接送到日本民眾的家庭生活中。而且日清還瞄準兒童節目時段來打雞拉麵的廣告。把「ラーメン」這個名稱深深地烙印在當時的日本兒童的腦中。結果「ラーメン」漸漸取代了「〇〇そば」,成為日式拉麵的主流稱呼。

語言的詞彙形成帶了很多恣意和偶然的部分。如果當初花森安治沒有在雜誌上寫札幌拉麵的專欄,「ラーメン」這個稱呼可能不會擴大到日本全國。如果日清食品的速食麵商品名沒有用「ラーメン」這個詞,或是沒有在各種媒體上打廣告,日本人可能還是會繼續把拉麵叫作「中華そば」。這種食物如果打入台灣的市場,翻譯名稱大概也不會叫「拉麵」,翻成「日式中華麵」或「日式中華蕎麥」的可能性還比較高。

我剛到日本生活時,大部分的拉麵店的招牌上都是寫「ラーメン」,少部分是「支那そば」或「中華そば」。另外還有一些比較特別的店家,招牌既不寫「ラーメン」,也不寫「〇〇そば」。例如麵屋武藏、麵創房無敵家等。以前我在選拉麵店時,原則上會直接排除「支那そば」和「中華そば」字樣的店。因為這一類的店賣的多半是廉價拉麵。不過現在這種過濾基準已經行不通了。因為現在大部分新開的拉麵店都不是廉價拉麵店,這些店的店名也可能帶了「〇〇そば」的字樣。例如我家附近有一間等級相當高的拉麵店的店名就帶了「中華そば」。

最近十年間,店名使用「ラーメン」的拉麵店變少了。很多新的拉麵店的店名是用「麵屋」、「麵家」等。雖然這些店的店名沒有用「ラーメン」這個詞,不過日本人都知道在這些店可以吃得到「ラーメン」。至於現在招牌上寫著大大的「ラーメン」字樣的店,會給人一種「傳統」的感覺。一般傳統老店可能會給人品質有保障的印象,不過日本的拉麵一直在進化,新開的拉麵店的口味往往會比老店豪華。在不斷進化的業界,「傳統」其實相當脆弱。傳統拉麵店如果沒有跟著時代進化,就會淪落成平凡的廉價拉麵店。

GARMIN fenix 7使用心得

2022年1月下旬,我換了新的GPS運動錶。用了4年9個多月的fenix 5終於退場。

我的fenix 5是2017年3月底買的。當初用起來相當滿意。不過之後發現GPS的測位不太安定,有時候軌跡會飛到遠方再飛回來。因為測位不安定,所以自動暫停(auto-pause)時的功能也會受影響。讓我有點失望。但是至少比我前一隻GPS運動錶的功能多,而且實用。

用了超過一年後,無意中發現光學心率計的把脈精度已經失準。用了三年半,START按鈕開始卡卡的,按下去後有時候不會全部彈回來。雖然只要用自己的指力把按鈕拉回即可,但是看到心愛的手錶劣化,心裡頭總會覺得不舒服。

我自己每次運動完後,都會用溫水加中性清潔劑清洗手錶。自從START按鈕開始變卡了之後,我每次洗手錶時會特別再用舊牙刷努力刷洗按鈕周圍。不過狀況沒有明顯改善。之後我又試著在按鈕部分上蠟、上油,狀況雖然有一時改善,不過一兩天後「卡卡病」又復發了。

fenix 5的價位並不便宜。不過我用到三年半左右,手錶已經記錄超過800次以上的活動,也幫我保存了不少旅行回憶,而且平時還可以用來確認時間、方位、睡眠狀況等,對我而言算是用回本了,所以我就開始考慮換新錶了。

由於當時新的fenix系列的錶的價位太高,所以我就把目標放在Foreathlete系列。但是Foreathlete系列的高級款已經出了兩年,而且日本的商家顯然不會因為商品上市的時間長而降價。用新商品的價格買舊款的電子商品反而不划算,所以我只能慢慢等新的高性能Froeathlete系列上市。

等了一年,完全沒有任何關於新款GPS錶的消息,結果fenix 5也就多撐了一年。

2021年11月,我在旅行時,照慣例用fenix 5記錄散步的軌跡。才記錄了不到三個小時,電池就剩不到半條命了。從這裡可以推測,用了四年多的fenix 5的電池蓄電能力可能只剩當初的1/3了。我心裡頭雖然會想換錶,但是期待感早已被時間磨光了。

2021年12月,網路上終於出現了新款fenix系列的傳聞。我看到這些傳聞時,多少會有點好奇。但是現在網路上充斥了太多騙點閱率的假消息,單純的個人預測實質上是無意義的資訊。只有等商品真正上市才有意義。

一個月後,美國真的開始賣fenix 7了。我在這時候才看到了外國的試用心得。一開始,我只是覺得fenix 7的功能不錯,並沒有想買的欲望。但是一天之後,我就開始動搖了,因為日本也要開賣了。動搖了一天之後,日本正式開始販賣fenix 7。這一天一下班,我就衝到家電量販店的手錶專區,買下了fenix 7 Solar。

我到家電量販店時,店家沒有把貨擺出來。店員看了我指定的型號後,還特別出了櫃台到別的地方才找到貨。所以我可能是那家店第一個買這隻錶的消費者。

◆◆◆

fenix 7的價位相當高,高出fenix 5很多,買起來當然非常痛。但是如果不買的話,我可能會有很長一段時間心神不寧。而且美國那裡有人認為Forerunner系列(日本的Foreathlete系列)可能還要等。所以我就決定忍痛下手。就當是「精神安定費」。

付了一大筆「精神安定費」後,精神狀態還真的變安定了。

我在購入之前,已經從外國的試用報告中得知fenix 7有觸控式錶面。我一開始對觸控式錶面抱持警戒的態度,因為這種功能可能會吃電,也會擔心誤觸的問題。不過實際使用之後,發現觸控功能還算收歛,誤觸不是什麼大問題。誤觸最大的影響就只是讓錶發光而已。

fenix 7的觸控功能主要是用來拉動上下選單,進出選項、確定選項等。如果要開基本設定或活動選單,還是要按按鈕。按按鈕進入選單後,才能用觸控找選項,然後選擇項目。開始記錄活動、暫停活動,或是設LAP時,還是必須用按鈕操作。在活動中(例如跑步或騎車時),觸控功能只能換頁,所以誤觸不會影響活動記錄。如果要停止記錄,還是必須要按按鈕。記錄停止後,才能用觸控選擇要保存、繼續或刪除等。觸控沒有完全取代按鈕,但是可以減少很多按按鈕的次數。fenix 7的功能相當多,如果只靠按鈕來操作選單,按鈕可能會嚴重磨耗。有了觸控功能,如果我使用手錶的習慣不變,今後我按fenix 7的按鈕次數會比使用fenix 5時少很多。

※目前我唯一遇到的fenix 7觸控功能問題,是USB充電充久了之後觸控會無法拉動選單,只能讓手錶發光。我遇到這種狀況時,就用按按鈕來排除故障。這有可能是按按鈕可以讓程式脫離不正常的回圈或例外狀態。

fenix 7和fenix 5的基本比較如下:
・fenix 7的重量比fenix 5輕,我自己用手拿都可以感受到差異。
・fenix 7藍寶石玻璃版錶面比fenix 5的藍寶石玻璃錶面暗。
・fenix 7的光學心率計是採玻璃接面,比fenix 5的樹脂接面耐用。


fenix 7(左)和fenix 5(右)。兩者的時間數字的字型不同。fenix 7的錶面比較暗。但是如果不做比較,基本上不會覺得這是什麼大問題。

我以前剛買fenix 5時,有測試過光學心率計。結論是fenix 5的光學心率計的精度相當高,測出的數據和心跳帶相當。不過我跑步和騎車時一定都會用心跳帶,所以運動時幾乎不用光學心率計。之後我也沒有特別再去確認光學心率計和心跳帶測到的數值是否相近。

我是後來報名了健身房,覺得重量訓練時沒有必要用心跳帶,所以就用光學心率計來測心跳。不過當我做到氣喘吁吁時,發現測出的心率才110~120bpm。這時候我才知道fenix 5的光學心率計已經不行了。原因有可能是感測器的樹脂接面劣化,無法正確偵測到血流量。

fenix 7的光學心率計是採不易劣化的玻璃接面,我當然非常期待。我買到錶後的翌日就到健身房實測。測到的數值確實比fenix 5「正常」,但是總覺得還是比自己感覺的心率低了一點。在健身房實測時,我也發現fenix 7偵測動作次數的能力似乎不如fenix 5。我做肩膀推舉或滑輪下拉的動作時,fenix 5測到的次數和我實際做的次數最多只差1~2次。但是做同樣的動作時,fenix 7測到的次數相當少。我自己在家做單純的深蹲運動時,fenix 7測到的次數也沒有fenix 5準。fenix 7偵測動作次數的能力今後是否會改善,還有待觀察。

為了確認光學心率計的精度,我之後又分別到荒川和皇居做了兩次fenix 7和「fenix 5+心跳帶」的對照測試。結果發現fenix 7的光學心率計的平均數值大約比心跳帶的數值低了約10bpm,而且不太穩定。我在兩次測試都很希望fenix 7能測出理想的數據,也很努力地讓手錶的心率計接頭貼穩皮膚,排除可能造成誤差的因素。但是還是得到這樣的結果,讓我有點失望。

我在室外活動時,一直都只用GPS測位,不用其他的衛星系統。因為我覺得我的生活圈用GPS真的已經夠了。而且就算加了其他的衛星測位系統,精度也不至於出現奇蹟般的變化。四年多前我到皇居測試fenix 5時,fenix 5的軌跡有幾個地方有偏掉。當時我也不太在意。不過後來參加路跑大會時,有發生偏得非常嚴重的狀況。這次我在荒川和皇居做對照測試的跑步時,fenix 7描出來的軌跡不會亂飄,明顯比fenix 5的軌跡漂亮。我也曾經戴著fenix 7經過住宅區的窄巷,測位的結果也比預期得好。當然,在高樓、高架橋附近等遮蔽物非常密集的地方,fenix 7的軌跡當然還是會偏,而且會偏得很誇張。這可能是目前GPS錶的科技還無法解決的問題。整體而言,Fenix 7的測位還是比fenix 5穩定。至於高度測定,fenix 7測到的數據雖然不完美,但是也明顯比fenix 5接近實際狀況。

◆◆◆

fenix 7的運動功能中,新加了HIIT。可以自己設定HIIT的練習項目、運動時間、休息時間等。fenix 5當然也可以設定及記錄HIIT。只是fenix 5沒有HIIT的分類,必須設成STRENGTH訓練,等做完上傳後再改分類。STRENGTH和HIIT的差異是STRENGTH的資料強調的是練習項目和相關肌群,HIIT的資料頁面則是強調每一輪的時間和Reps,然後沒有顯示相關肌群。我自己有試過用HIIT分類設定練習方式。不過上傳後發現有個意外的缺點:沒有GARMIN帳號的人看不到資料。

GARMIN的活動資料、路線等如果設定成完全公開。沒有帳號的人只要知道網址,也可以看得到。我就有用這種方法把我的跑步路線和訓練內容分享給我的沒有GARMIN帳號的朋友看。用STRENGTH功能保存的資料上傳後,沒有帳號的人只要有頁面網址,還是可以看得到。就算上傳後把分類改成HIIT,還是一樣可以看得到。至於一開始就設定成HIIT的活動,上傳之後,就算設成完全公開,沒有帳號的人還是看不到。就算把分類改成STRENGTH,也一樣看不到。所以我的HIIT的練習項目還是設在STRENGTH分類下。這樣才能分享給朋友看。

fenix 7還有一個不太方便的問題就是心率區間必須用手機的APP來設定。fenix 5的心率區間可以用電腦設定,當初我的fenix 7的心率區間似乎是繼承了fenix 5的設定,所以沒有感受到設定時的不便。不過當我從電腦移除fenix 5後,連到本來可以設定心率設定區間的頁面時,網站要我用手機的APP設定。讓我這種常用電腦,比較少用手機的人感到不太方便。

fenix 7還有很多健康監控功能比fenix 5進步,也有fenix 5沒有的功能。當然,這些功能有些是fenix 6就已經有的。當初我開始用fenix 5時,以為GPS運動錶的功能幾乎發展到極限。因為我不覺得fenix 5少了什麼。在我來看,fenix 5不足的部分是科技還無法突破的部分。手錶能處理的衛星訊號本身受到先天條件限制,沒有必要過度苛求。手錶的電池也會受到物理大小的限制,就算電池性能進化,也可能會被龐大的新資料處理量抵消。不過fenix 7到手之後,我才知道GPS運動錶還有這麼多進步的空間。

日本的拉麵(3)

我第一次吃日式拉麵,是在以前電視冠軍的赤坂拉麵剛來台灣開的第一家分店。在我吃到日式拉麵之前,我對帶湯的麵的印象並不好。因為我個人的生活經驗中,帶了湯的麵多半很難吃,好一點的湯麵也只能勉強算「普通」。所以如果要吃麵,我多半是點沒有湯的炸醬麵或麻醬麵。我是吃了日式拉麵之後,才知道湯麵可以做得這麼好吃、這麼「豪華」。之後我就把當時台北號稱日式拉麵的店幾乎都攻略了。

日式拉麵在台灣流行了幾年,我就到日本生活了。到了日本,我才發現日本大部分的拉麵並沒有那麼「豪華」。沒有濃厚的口味,價位也多半不高,感覺起來是那種想省錢的人會去吃的食物。走豪華路線的拉麵店是少數派。想吃豪華的拉麵,必需刻意去找,而且還要排隊。

想省錢的人會去吃的拉麵雖然便宜,但是也不至於難吃。就只是材料用得比較單純而已。

我曾經問過日本友人對拉麵的印象。日本友人告訴我,以前小學的營養午餐就有拉麵。友人和我同年,友人小學的營養午餐有拉麵,我以前小學的營養午餐也有麵。正好可以比較。

友人的小學的營養午餐有拉麵,是因為當地有個製麵工廠,學校有辦法取得拉麵的材料,所以可以把拉麵列入菜單。友人小學的營養午餐的拉麵是麵和湯分離。每個人有一小碗湯,然後還有一包塑膠袋密封的熟麵。小朋友要自己拆開塑膠袋,把麵放到湯裡後再吃。由於湯碗很小,所以麵不能一次全放,否則湯會溢出來。所以大家必須用類似「沾麵」的吃法來吃。至於我的小學的營養午餐的麵,則是在學校廚房內就和湯一起裝進不鏽鋼的大桶子裡,然後再運到各教室。從廚房到小朋友拿到麵的這段期間中,麵條已經把湯汁吸飽吸滿了。所以小朋友領到麵時,已經沒有湯汁,麵條早已脹到糊掉了。

在友人的印象中,營養午餐的拉麵的湯似乎是醬油口味,然後可能有放胡蘿蔔或洋蔥之類的便宜的蔬菜。因為實在沒有什麼特色,所以友人的記憶相當模糊。至於我的小學記憶還算清楚。我小學吃的麵幾乎沒有湯,因為湯被麵條吸光了。麵裡的料則是白菜和雞骨頭。雞骨頭主要是剁成小塊的軀幹骨,而且骨頭上的肉很少,麵裡幾乎找不到不帶骨頭的肉。如果只有兩三塊骨頭,那也還好。不過我有試著挑出骨頭過,才挑了不到半碗,碎骨頭就已經超過五塊,簡直在整人。小學生的我實在想不透為什麼要在麵裡放這麼多不能吃的東西。

在日本友人的感覺中,營養午餐的拉麵平凡到讓人印象稀薄,絕對不是美食。事實上,當時的日本大眾的確沒有美食的觀念。日本大眾的美食觀念是90年代雜誌和電視的美食企畫帶起來的。雖然友人小時候吃的營養午餐拉麵不是美食,但是就我來看,至少那還是「正常的麵條」。設計營養午餐的人知道要讓人吃到「正常的麵條」,所以設法不讓麵條去吸湯汁。把麵和湯分離,也是在教育小學生麵食的特性,告訴小學生怎樣才能維持麵條的口感。

至於我的小學的營養午餐的麵,學校廚房做的就只是把生麵條煮熟,然後裝桶後就不理了。小學時代的經驗讓我對麵條產生恐懼。我是到上了高中,有機會自己在外面用餐後,才吃到比較正常的麵條。但是並不會覺得麵特別好吃,心中的恐懼也沒有消失。我上大學之前,到台灣中部某個山上參加「夏令營」時,又再度體驗到了把湯汁吸飽吸滿的麵條。口味和我小學時代吃的麵差不多,就只是沒有雞骨頭而已。不過當時其他人似乎都吃得很高興,現在想想,那個時代的台灣人和日本人對麵條的烹調觀念和口味喜好可能相當不一樣。我是吃了在台北開店不久的赤阪拉麵後,才完全克服了對湯麵的恐懼。

◆◆◆

在日本住了十幾年,吃過不少拉麵,也明顯感受到日本拉麵業界的生態變化。以前東京街頭的拉麵店大多是「口味單純」的廉價拉麵店。不過現在要東京要找「口味單純」的廉價純拉麵店已經不太容易了。要吃口味單純的拉麵,往往要到傳統食堂、中華料理店,或是一些連鎖餐廳等。這些店都不是專賣拉麵的店。

在這十年間,我的生活圈內新開的拉麵店全部都是走高級路線。其中有兩家還有入選過東京米其林拉麵指南,而且當中的一家離我住的地方不過才300公尺遠。

除了新開的拉麵店的等級變高,拉麵的口味也比以前多樣化了。

我剛到日本的時候,一般拉麵的湯頭基本上是用昆布、雞骨、小魚乾、柴魚熬出來的。然後再加入適量的鹽、醬油,或味噌。有些則是在熬湯時加入豬骨頭。醬油、鹽味、味噌、豚骨這四種湯頭就成為拉麵的基本類別了。不過在2010年代,很多拉麵店的菜單不再限於這四種類別了。

2010年前後,日本的拉麵業界開始流行沾麵,一堆本來不賣沾麵的拉麵店也開發有自己店幅特色的沾麵。一般比較常見的沾麵是用豚骨和海鮮的混合湯頭,然後還加入魚粉。魚粉的沾麵出現後,又出現了魚粉湯頭的拉麵。實質上就是豚骨拉麵的魚版。除了魚粉以外,還有店家是用貝類甚至蝦頭熬製湯頭。鮮味又比魚粉湯頭更濃。

2010年代也出現了雞白湯的新類別。實質上就是豚骨拉麵的雞版。除了湯頭是用雞肉雞骨長時間熬製,就連麵裡放的叉燒都是雞肉叉燒,還有店家會在麵裡放雞腿。

2010年代中期,開始流行擔擔麵和拌麵等。一堆沒有擔擔麵和拌麵的店家也開發出了有自己特色的擔擔麵和拌麵。我家附近有一間武藏系傳人的拉麵店,本來是賣醬油湯頭和貝類湯頭兩種拉麵。雖然沒有名列米其林指南,但是口味相當不錯,我每個月都會去消費。沾麵、擔擔麵、拌麵流行之後,這家店也跟著開發了沾麵、擔擔麵、拌麵的菜單。其中沾麵和擔擔麵都是用自家的招牌湯頭改良調製。不但有店家自己的特色,口味當然也不錯。

魚粉湯頭、海鮮湯頭、雞白湯、沾麵、擔擔麵、拌麵等,在這幾年間已經在拉麵的世界打下了自己的一片天。所以日本的拉麵不再是單純的醬油、鹽味、味噌、豚骨四大類了。

最近幾年,日本拉麵用的叉燒的種類也變多了。以前日本拉麵的叉燒大多是切得薄薄的滷豬肉。現在很多拉麵店用的叉燒的厚度都增加了。有些店家會用火焰炙燒處理,增添香味。也有些店家的叉燒是用特殊的蒸氣調理烤箱烤出來的,肉質比滷的叉燒軟。另外也有用燻製或低溫熟成處理的叉燒。叉燒除了豬肉以外,也有一些店家會採用雞肉或鴨肉。雞肉的口味較淡,鴨肉的肉質較老,不過在拉麵店的精心調理下,雞肉和鴨肉也可以變成美味可口的叉燒。

同樣是最近幾年,我也感受到不用鹼水麵的店家變多了。以前日本很多拉麵店用的麵條是黃色的帶有彈性的鹼水麵。日本的速食麵就是參考鹼水麵的特徵製成的。不過最近幾年,我的生活圈內新開的拉麵店有不少是採用細麵,甚至還有店家採用全麥粉的麵條。結果現在吃到鹼水麵的拉麵時,會有一種吃「上一代」的拉麵的感覺。

我剛到日本時,高級路線的拉麵店還是少數派。要吃這些拉麵必須排隊。不過這十年間新開的拉麵店幾乎都是走高級路線。而且各個店家對口味都相當執著,不斷改良品質。結果現在日本的拉麵不但比以前美味,而且選項多。只要慎選時段,吃這些高級拉麵幾乎不用排隊。短短的十年間,日本的拉麵已經進化到匪夷所思的程度了。

太平洋岸自行車道湘南段之旅

2021年11月下旬,我到神奈川的江之島旅行時,再度體驗了日本的國家自行車路線(National Cycle Route)。

這次體驗的路線是太平洋岸自行車道。

太平洋岸自行車道是日本國土交通省認定的第二批國家自行車路線之一。全長1487公里。跨越了千葉,神奈川、靜岡、愛知、三重、和歌山六個縣。

這條路線本來是1969年日本的自行車民間社團向建設省提案的道路建設構想。當初的計畫是整備一條從茨城縣的鹿島到和歌山縣的自行車專用道。提案的翌年,日本國會就整備了相關法律,之後於1973年動工。由於這條路線實在太長,沿線有不少地方無法整備完全的自行車專用道路,結果這條路線最後是在2021年以不完全的形態實現。路線當中有八成以上的區間是和一般道路共用。

◆◆◆

我這次旅行的主要目的是到江之島散步觀光,騎自行車只是餘興節目,所以我只規劃了一個上午來體驗自行車道。體驗的區間是從江之島附近的片瀨海岸出發,騎到大磯的城山公園附近後折返。這次的自行車是用我平時就有在用的Hello cycling公共自行車的特別版「KUROAD」。


KUROAD是2021年4月下旬開始在湘南地區試辦的運動型電動輔助公共自行車服務。車子有9段變速、前後碟煞、前叉避震器。車胎帶了一點越野的味道,座墊形狀則和公路車差不多。由於車種相當高級,所以租金比較貴,每15分鐘140日元,是普通的Hello cycling的兩倍。KUROAD有KUROAD專用的借還車據點。因為只是試辦,所以據點比普通的Hello cycling少。


從片瀨海岸出發後,自行車路線是和一般車道共用。由於這一帶的人行道很寬,所以不想和汽車爭道的人可以騎人行道。

到了鵠沼海岸地帶,騎到防沙林外,就是太平洋岸自行車道的「湘南海岸自行車道」區間。


湘南海岸自行車道位在鵠沼海岸至柳島之間。路線靠陸地的一邊是防沙林,靠海的一邊是防沙柵。這段路線是行人和自行車共用的道路,不用和汽車爭道。


這一天雖然不是假日,但是湘南海岸自行車道非常熱鬧。沿途會不時遇到散步、跑步、遛狗、騎車的人。靠海的地方還有不少人在釣魚及衝浪。向西前進時,正面可以看到富士山。

湘南海岸自行車道的風景漂亮,騎車的氣氛很不錯。不過路上有很多積沙,很容易打滑,所以車子無法騎得快。由於自行車道並不算寬,所以如果在積沙比較多的區間遇到行人或是來自對向自行車時,就必須把速度放得很慢。


湘南海岸自行車道柳島出口附近的公共廁所。這裡的公共廁所有清洗衝浪板的設備。這個廁所本來可能只是針對這裡的衝浪、釣魚或散步的民眾而建的,現在有了自行車道,實質上也算是一處小休憩所了。


過了柳島出口,路線又回歸一般市區道路。這一帶的汽車的車速比較快,從湘南大橋到大磯高校之間,如果不想和汽車爭道的話,還是必須騎人行道。

太平洋岸自行車道在大磯高校以西的路段,人行道就變窄了。騎車的人就只能騎一般的車道。不過這一帶的車流量並不多,所以也還算安全。


過了大磯港,高架橋下有太平洋岸自行車道的入口標示。從這裡開始,又是自行車的專用道區間。


大磯港以西的自行車專用道區間的地勢較高,可以一邊騎車、一邊眺望湘南海岸、國道134號的車流,以及遠方的伊豆半島,非常享受。


通過大磯城山公園後,有一個高台可以看到富士山。我就是在這裡折返。


GPS路線。全程約42公里。
地図:国土地理院ウェブサイト(https://maps.gsi.go.jp/#12/35.311203/139.386292/&base=pale&ls=pale&disp=1&vs=c0j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f0)
加筆:梅と桜(http://umesakura.jp)

這次體驗了傳說的KUROAD電動自行車,性能的確相當好。龍頭握把是採用人體工學設計,長時間騎乘時手掌和手腕比較不會痛。車子座墊形狀雖然和公路車差不多,不過騎了42公里,屁股完全不會痛。我剛開始騎時,是用最重的9檔,踩得有點辛苦,也感受不太到電動輔助的效果。不過後來發現用中速檔配合電動輔助,輕鬆地踩就可以超過20km/h,所以後半程幾乎都是用3~7檔。唯一有一點遺憾的是座墊高度就算調到最高,對我而言還是有點低,不過算是可以忍受的範圍。

由於KUROAD還是在試辦的嘗鮮期間,所以車況還不錯。時間久了之後,業者是否還能繼續維持品質,就不知道了。

◆◆◆

和之前體驗的筑波霞浦鈴鈴自行車道的筑波鐵道區間相比,這次體驗的太平洋岸自行車道湘南段的風格完全不同。

筑波鐵道區間是完全的自行車專用道,而且沿途有設幾個像小公園般的休憩所。第一次騎日本的國家自行車路線就選這個區間,會誤以為國家自行車路線全部都是這種規格。當我體驗了太平洋自行車道後,才知道國家自行車路線有不少和一般道路共用的區間。從片瀨海岸到大磯城山公園的途中雖然有像休憩所的地方,但是沒有那麼顯眼。感覺起來路線沿途的環境整備比筑波霞浦鈴鈴自行車道的筑波段弱了一截。

我是事後確認才得知,筑波霞浦鈴鈴自行車道的霞浦區間也是走一般道路,休憩所也沒有筑波區間那麼顯眼。至於這次騎的大平洋岸自行車道的湘南段已經算是「自行車專用道」比例比較大的區間。沒有人行道的一般道路區間就只有大磯高校到大磯港的一小段路而已,而且這一小段區間的車流量不多。大磯城山公園以西的路線,又會回歸交通量相當大的一般道路。我把大磯城山公園附近設為折返點,算是相當偶然。

自行車路線和一般車道共用的一個問題就是騎車的人必須面對日本城鎮的複雜道路。太平洋岸自行車道的路線太長,地圖無法畫得太精細,結果騎車的人很難理解設計這條路線的人期待的通行方式。儘管路線的沿途有設標示,但是對路線不熟的人還是有可能誤讀。我自己途中就走錯了幾次路,不過都馬上修正了。

筑波霞浦鈴鈴自行車道的筑波段雖然是完全的自行車專用道,而且環境整備得還不錯,不過平日在這裡騎車時,路上幾乎遇不到人,非常孤獨。至於太平洋岸自行車道湘南海岸段的平日就已經很熱鬧。到了週末假日恐怕人只會更多。防沙林外的區間雖然因為積沙的關係而不太好騎,但是完全不會有孤獨的感覺,而且富士山和湘南海岸的風景相當美。

我平常騎自行車的環境非常安全。騎小路多半不太容易遇到汽車,大路則有寬大的人行道可以騎。如果到荒川河濱地帶騎長程路線時,也很少經過一般道路區間。所以看到太平洋岸自行車道的一般道路共用區間時,多少會不適應。因為這些區間是主要幹線,車流量大,而且車速快。儘管日本的汽車駕駛比較注意交通安全,但是騎自行車的人要和這些速度較快的大車共用道路,難免會恐懼。在這些一般道路共用區間如果不騎人行道,而是照著路邊狹小的自行車標線行駛的話,太平洋岸自行車道的不少區間恐怕並不適合大眾體驗。